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『4seasons』そしてまためぐる季節/中より続く ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― §エピローグ 「――結局さ」 「――んー?」 「なんでここの桜、咲いてたんだろね?」 私の腕の中、こなたが頭上を見上げながら呟いた。 「あー、そうね。まあ、神様が告白シーンのために用意してくれたとか?」 「な、なにそれかがみ、なにそんな夢みたいなこと云ってんの?」 「うぐっ、普段あんたが云ってるようなことだろが!」 思わず私はいつもみたいに突っ込んで。 そうすると、こなたはほんのりと頬を染めてニマニマと笑う。 その細く閉じられた瞳、猫みたいな唇。 私が大好きな、こなたの笑い顔。 そんな表情を見せられるだけで私はどうしても嬉しくなってしまうから。 ――だから、こんな風にからかわれても、まあいいやと思ってしまうのだ。 桜の木の下で、私たちは肩を抱きながら座っていた。二人で一緒に眺めているのは、月、星、川、桜、夜の風、そして私たちの未来のこと。 ――問題は山積みだ。 一人暮らしのこととか、大学のこととか、友達のこととか、家族のこととか。これからの、私たちの関係のことだとか。問題が山積み過ぎて、なにが問題なのかすらよくわからないくらいだった。 ――けれど。 それを話し合おうと思ってこなたと話していても、いつのまにかいつもみたいな雰囲気になってしまう。 放課後。なんとなく離れがたくて教室に四人で集まって。お昼休みみたいなどうでもいい会話を延々と繰りかえしていたあのころみたいに。 こなたがぼけて、私がつっこむ。 こなたが弄って、私が照れる。 それだけで、問題だと思っていたことが、たちまちどうでもいいことに変わってしまうのだ。 今はもう、あのころに戻ることはできないけれど。 陵桜のこの制服を着ることは、多分もう二度とないけれど。 私たちの前には、今もあのころみたいに無限の可能性に満ちた未来が広がっていて。 ――そうして、私の隣にはこなたがいてくれるから。 私たちは、どんな問題でも乗り越えていけるはずだ。 ――プルルルル。 放り出していた鞄の中、私のケータイが振動してメールの着信を知らせていた。私は慌ててケータイを取り出して、送信者名を確認する。 「――つかさだ」 「お、なになに?」 覗き込んでくるこなたと一緒に、ディスプレイに表示された文字列を不思議な思いで眺めていた。 『もう落ち着いた?』 「――なにこれ?」 きょとんとした顔のこなたを眺めているうちに、私は突然思い至って立ち上がる。 「うわっ」 なんて云って振り落とされたこなたのことを放っておいて、私はキョロキョロと辺りを見回した。 ――土手の向こう、手を振っている人影がある。 一人、二人、三人、四人。 「あ、ああああああ……」 何かを云おうと口を開けてみたけれど、漏れ出てきたのは意味不明な呻き声だけだった。 「ん、どったのかがみん?」 私の様子を訝しんだようで、こなたも私の視線の先に顔を向けて――硬直する。 四つの人影が走ってくる。 つかさが。 みゆきが。 あやのが。 みさおが。 頬を真っ赤に染めて、あるいはニコニコと楽しそうに微笑んで、または気まずそうに視線を逸らして、さらには悪戯っぽく歯をむき出して。 親友たちが、走ってくる。 「な、なななな、なんであんたたちがいるのよ!」 「えへへ、ごめんごめん、でもどうしても気になっちゃってて」 「も、もうしわけありません……。覗き見みたいな真似をしてしまって……」 「わ、わたしは止めておこうっていったのよ? でもみさちゃんがどうしてもって」 「あー、ひっでー! あやのだってノリノリだったじゃんかよ!」 口々に云い訳を並べたてる親友たちの前で、こなたの顔は茹で蛸みたいに真っ赤に染まっている。 ――顔が、焼けるように熱い。 きっと私の方も似たような状態なのだろうと思う。 「……い、いつからみてたのさ?」 いつもの余裕なんてかけらもない、恥ずかしそうな小声でこなたが訊ねた。 「えっと、こなたさんが桜の方を指さして、駆け出された辺りからでしょうか?」 「最初からかよ!!」 私は全身を口にして怒鳴った。 こなたは「あう」と呟いて固まった。 それでも、つかさもみゆきもあやのもみさおも、そんな私たちの前でニコニコと笑っているのだった。 「――よかったね」 満面の笑顔でつかさが云って、私は思わずはっと目を見開いた。 その笑顔の裏に潜む葛藤を、私は知っている。 雨に打たれて泣いていた私を発見してくれた、あの夏の日も。 行かないでと云って抱きついてきた、あの冬の夜も。 ――つかさは、いつだって私のそばにいてくれた。 そばにいて、そうして信じてくれていた。 ――こなたと、私のことを。 『――こなちゃんも、お姉ちゃんのことが好きなんだと思う』 クリスマスパーティの日、つかさはそう云ってくれたのに、私はそれを信じることができなかった。一番つかさのことを見てきたはずなのに、ずっと一緒に生きてきたはずなのに、その私が、つかさのことを信じることができなかったのだ。 ――嘘つきとまで、云われて。 それでも、つかさは信じていた。 「どうして……?」 「え? なぁにお姉ちゃん?」 「どうして、あんたは知ってたのよ。こなたがずっと私のこと、好きだったってこと」 「んにゃ! なにそれ、つかさ知ってたの!? ってかわたしも知らなかったのに! いつのまにかわたしが話してた!?」 「おい、落ち着けよちびっこ。何云ってんだかわっかんねーぞ」 「――私も、吃驚いたしました。実はさきほども、かがみさんがこなたさんにタックルなされたとき、私たちは慌てて飛び出そうとしたんです。でもつかささんが止められて……。絶対大丈夫だからと仰って……」 みゆきがそう云って、私とこなたははっと息を呑む。 確かにあのタイミングでみゆきたちが現れていたら、今私たちはこうやって手を握り合っていられたかどうかわからない。こなたは私への思いに気づかず、私はそれを受け止めることもできずに、もしかしたら喧嘩をしてそのまま終わっていたのかもしれない。 ――こなたと彼のように。あるいは魔法使いちゃんのように。 だとすれば、今日つかさがしてくれたことは、奇跡に近いことだったのかもしれないと私は思うのだ。 そう、三年前のクリスマスにこなたが受け取ることができなかった、神の奇跡に――。 そうして私たちは、目をまん丸にさせるつかさのことをじっと見つめているのだった。 つかさは急に注目を浴びたせいか、頬を真っ赤にしながら恥ずかしそうに人差し指を重ね合わせていた。 「え? え? そ、そんなこと云われてもよくわかんないよぉ……。ただなんとなくわかっちゃったって云うか……。お姉ちゃんとゆきちゃんはなんか難しそうなこと云ってたけど、よくわかんなかったし」 「「「――なんとなく?」」」 声を揃えて、私たちは云う。期せずして五人の声が重なって、私たちはお互いの顔を見合わせた。 こなた自身すらわかっていなかった、こなたの気持ち。 ずっと見てきた私が気づけなかった、こなたの想い。 みゆきの観察眼が見逃してきた、こなたの心。 それをつかさは、“なんとなくわかっていた”と云うのだ。 呆れていいのか褒めていいのかまるでわからなかった。気がついていたこと自体は凄いのに、その理由はといえば結局の所あてずっぽうでしかなく、間違っていたかもしれないことなのだ。 そうして顔を見合わせたままの私たちを見て、つかさはますます縮こまっていったのだ。 ――けれどそのとき、あけすけな笑い声が聞こえてきた。 それは心底楽しそうな、弾けるような笑い声だった。 「あ、あはは、あはははははは、か、敵いませんね、つかささんには」 みゆきが、笑っている。 言葉とは裏腹にどこまでも嬉しそうな顔をして。 みゆきが笑う。いつもお嬢様然とした優雅さを持っていて、何をするときにも上品なみゆきが、大口を開けて笑っている。 「ちょ、ちょっと高良ちゃん、だいじょうぶ?」 「あははは、だ、だめです、止まりません。凄い。に、人間って凄い。凄いです」 身体に力が入らなくなったようで、つかさの肩につかまりながら笑い転げるみゆきを見ているうち、私たちもなんとなく楽しくなってくる。 ――ふと。 こなたの方を眺めると、こなたも半笑いになって私のことを見つめていた。 だから私たちは吹き出した。 顔を見合わせながら、私たちは盛大に吹き出した。 ――笑ってる。 ――笑ってる。 ――笑ってる。 みんなが口を開けて笑ってる。 つかさが、みゆきが、あやのが、みさおが。 そうしてこなたが。 みんなの笑い声が夜の空に響いては消えていく。 春の空に吸い込まれて消えていく。 吹く風は暖かく、澄んだ夜空は星を輝かせて明るく、私たちの未来はどこまでも続いていて、かたわらにはこなたがいる。 だから、私たちの全ては無駄ではなかったのだと思う。辛かったことの全て、悲しかったことの全ても。 世界を呪ったこともあった。 切なくて泣き出したこともあった。 もちろん楽しかったこともあったし、嬉しかったことも沢山あった。 ――そしてそうじゃない、他の全ての感情も。 春も、夏も、秋も、冬も。 私たちが生まれてから過ごした全ての季節が、今の私たちに続いている。 私たちが感じてきた全ての感情が、今の私たちを作っている。 ――だから。 その物語がいつ始まったのか。それは誰にもわからない。 その物語がいつになったら終わるのか、それも誰にもわからない。 ――それが、私とこなたの物語。 それまで続いてきた全ての、そうしてこれから続いていく全ての。 四つの季節にまつわる物語だ。 『4seasons』 (完) コメントフォーム 名前 コメント かがみやこなたと同じ異性愛者として 色々なことを考えながら読ませていただきました。 私情は抜きにして本当に素晴らしい作品だと思います! ステキなストーリーありがとございました! -- 名無しさん (2012-11-20 02 28 29) あぁ。やっぱりリンクは禁止なんですね。 大変失礼しました。 改めて謝罪させて頂きます。 申し訳ありませんでしたm(_ _)m (このコメすら迷惑でしたら重ね重ね 申し訳ありませんが、削除の方お願 いします。) -- ユウ (2010-04-21 14 09 36) もしリンクを貼りたいなら作者本人が貼るだろう。 -- 名無しさん (2010-04-21 07 21 16) 自分の心と他人の心、例え理解できないモノに直面しても 安易に否定せず、先ずは理解しようと考えてみる。 それでもやっぱり理解できなくても、拒絶はしたくない。 そういう人もいる。 そう思いながら歩み寄る。 ヒトとしての窓口を拡げてみたい。 そう再認識させてもらえる作品でした。 -- 名無しさん (2010-03-23 13 55 31) とても言葉で言い表せないので一つしかいいません。 ありがとう。 まだ拾ってない伏線があるような? -- 白夜 (2009-11-25 00 30 32) 圧倒されました キャラの魅力がぐっとひきだされ、文章もすごい なんちゃってSS書きとしてはただただ羨ましい限りです。 -- 名無しさん (2009-05-23 01 17 33) あなたは神だ!! 部屋に貼ってあるオードリー・ヘプバーンのポスターもそう言ってる気がします。 -- 名無しさん (2009-03-28 15 53 19) 最近になってアニメ見て-。 そんでもって夕べ、「らき☆すたのSSとかって誰か書いてないかなぁ」と漠然とぐぐってたらこれに当たっちゃって。 ……え、ちょ、なに、今年の運全部使っちゃった? ひょっとして死んじゃう? -- 名無しさん (2009-03-28 15 36 15) 素晴らしい作品を綴って頂き本当にありがとうございました。 心からありがとうと思います。 -- 名無しさん (2009-03-11 23 01 56) こういう作品の作者へのコメントは一言で十分です 「あなたは神だ!!」 -- 名無しさん (2009-02-11 22 45 20) 人は皆弱きもの。 だからこそ少しずつ立ち上がり、強く育っていく。 この小説のキャラクターだって私達と同じ人間だ。 だからこそ泣いて、笑って、足掻いて、また一つ成長する。 感情を爆発させて何が悪い? 同性愛に憧れて何が悪い? 人は支え有ってこそ日々を謳歌するもの…… 思えば表現の自由を感慨深く教えてくれる四季でした。 この素晴らしき恋心に、心から感謝をします。 数え切れない感動を、有難う御座いました。 -- 名無しさん (2009-01-09 03 13 46) ………どんな言葉を綴っても あなたへのこの気持ちは 形容できません。。。 ただ、ありがとうございました と言わせてください。 -- 無垢無垢 (2008-12-29 21 05 50) 今更ですがお疲れ様でした。 えっと、まずはあなたの神さ加減のすごさを褒め称えたいです。 ベタになりますが、あなたは本当にすごいです。 2時創作で目頭がじーんとしたのは久々です。 らき☆すたでここまで出来るのはあなたくらいかと 思いました。 色んなとこで読みましたが、「冬」は本気で泣きました。 これで卒業式・・・・。 涙腺崩壊とかそういうレベルじゃなくなりました。 本当にすごかったです。 芸術をご馳走さまでした。 -- taihoo (2008-12-10 14 56 05) 今ならどんな死に方でも笑って逝ける気がするwとことんハッピーです!!有難う作者!!GJ!! -- 名無しさん (2008-11-08 03 25 59) 冬で終われなんて、人の不幸がそんな見てて楽しいか。最終章がなかったら正直受け入れられない。今までがあまりに可哀想すぎたから。 -- 名無しさん (2008-11-05 21 50 50) たしかにこの最終章があってこその救いだなと思います。サイトのほうの更新も今から楽しみだ…。 -- 名無しさん (2008-11-05 15 06 04) 冬でやめたら本気で罵倒してたぞ。あれは地獄としかいようがない。あれで終わりで喜ぶ人がいたら人とは思えない。 -- 名無しさん (2008-10-30 14 00 49) つらくて苦しい思いを抜けた先にあるハッピーエンドは素敵じゃないか -- 名無しさん (2008-10-30 13 40 14) 素晴らしかったですね、の一言。 二人ともまだまだこれから大変だけど、頑張って欲しい。 で、下に幾つか「蛇足では?」とあるけど、自分はそう思わないかなぁ。 そもそも、全編通して伏線張ってるんだから、こなたの本当の気持ち無視して冬で止めたら、作者さん的に投げっぱなしのはず。 どういう終わり方が好きかは人それぞれだけど、この作品ではこれが必然なんじゃないかな? -- 名無しさん (2008-10-16 00 14 26) ほんと素晴らしいよ。 二次創作ssに没頭したのは初めてでした。 だけど、下にもあるけどやっぱ冬でやめてよかったんじゃない? こなたと相思相愛になっちゃったらそっちの方がかがみにとって後後大変だと思うし。 かがみは、冬の時点で一度きっぱりこなたを諦めてるんだから。 -- 名無しさん (2008-10-15 21 56 49) 読了しました。 素直にGJ ひたすらGJ -- 名無しさん (2008-10-11 19 00 47) んー、個人的には相思相愛のエピローグは蛇足な気が。 何かご都合主義さを感じてしまう。 -- 名無しさん (2008-10-11 18 59 33) ああ、何度読み返しても涙が出るのを止められない。らき☆すたの二次創作には違いないけど、これは純文学ですね。 -- 名無しさん (2008-09-25 19 26 25) 読み始めてすぐ惹き込まれて、まとめて読み切りました。 途中泣いてしまったり……本当に感動しました。 語彙力に乏しい自分ではそれぐらいしか言えませんが、GJです! -- 名無しさん (2008-09-23 12 16 44) 何と言ったらいいか分からないくらい、感動した。 なんだか、最後で救われた気がします。 本当に、もっともっと感想を書きたいけど、なんて書いたらいいか分からないです。 だから一言GJ!! -- 名無しさん (2008-09-21 00 10 27) (2008-08-16 23 48 00)のkkです。作者様、あれから何度読み返してるかわかりません。HPの作品も読まさせて頂きましたが、どれも神作品でした。ありがとうございました。 -- kk (2008-09-07 00 39 18) 小説版発売決定と聞いて いや本当に最高でした 真面目に小説版考えては?? -- 名無しさん (2008-09-04 20 01 27) 感動しました…10話を見たときは、絶望しか見えなくて、結局終始鬱なSSかと思ってしばらく読むのをやめていた程嫌になったこともありましたが…でも、本当はとっても希望に満ちていたお話だったのですね!ごめんなさい…そして、心から、ありがとう。 -- 名無しさん (2008-09-04 03 50 43) 何度読み返しても、いいなあ。 -- 名無しさん (2008-08-27 23 22 26) ありがとうございます。もうこれしか言えません。 -- 名無しさん (2008-08-27 03 16 44) 泣いた。 二人が結ばれて本当に…本当に良かった。 ありがとう!!お疲れさま!! -- 名無しさん (2008-08-22 09 24 48) 完結お疲れ様です。 こんなに世界に引き込まれ感動に浸ることのできた物語に出会えたのは久しぶりです。 何度も読み返すことになると思います。 あくまでらき☆すたの世界感で、でもそれを最大限以上に広げてこんなに素晴らしい物語にできる作者さんは本当に凄い。 言い尽くされた言葉であすが、改めて心を込めて言わせてもらいます。 素敵な物語を、本当にありがとうございました。 -- 名無しさん (2008-08-18 11 33 51) 夏コミに行ってる間になんていう展開っ!!!完結おめでとうございます。そして毎回毎回凄いとしかコメントできない俺ですが、この素晴らしい作品に出会えた事に、作者さんの表現力や心情背景に心からのGJを贈らせて頂きたいと思います。 本当にありがとうございます!!! -- 名無しさん (2008-08-18 05 34 21) 何というどんでん返し。 かがみもこなたも救われて良かった。 しかし、本当に凄い作品だ。 他の方も言ってますが、紙媒体で販売されたら絶対に買いますよ。 -- 名無しさん (2008-08-17 21 25 27) 本当にお疲れ様でした! こんないいお話を読めて本当に幸せでした! 初めてSSを読んで泣きました。 -- 名無しさん (2008-08-17 18 15 03) 何を言っても足りない気がします。何度も読み返します。 -- 名無しさん (2008-08-17 17 41 44) 長期に渡る連載おつかれさまでした。 このwikiを知り、この作品に出会えたことを感謝します。 -- 名無しさん (2008-08-17 17 25 03) 作者さん、お疲れさまでした。もう感動しすぎて涙が止まりません。こなかが最高! らきすた最高! 作者最高!大好きだぁー 作者が普通に小説出版したら買うよ。てか、貴方は何者だ〜! -- 名無しさん (2008-08-17 15 41 05) つかさ・・・なんて恐ろしい子www 奇跡のような4人のめぐり合いの真ん中に居た子 この子の「こなちゃんはお姉ちゃんが好きなんだとおもう」 この言葉にかがみと同様に縋って落胆していたけど つかさはちゃんと見ていた。ちゃんと判っていたんですね。 それと夏の日に肩を震わせて泣いていたこなたに感じた違和感 そこまで感情を爆発させるのはかがみが好きて事では無いのか? そう思っていたのをこなた自身に否定されてどんな結末を迎えるのか 不安でしたが、こなたが自分の本当の気持ちに気づけてよかったです。 素敵なラストを迎えられて本当によかったです。ありがとうございます。 -- 名無しさん (2008-08-17 10 32 23) gj! 本当にGJ!! 最後はキレイに、でも心残りで終わるかと思いましたが、こんなにキレイなラストを用意してくれているとは全く思いませんでした!! 最後まで氏を信じてよかったです! 最早師と仰ぎます、仰がせてください。 -- 名無しさん (2008-08-17 09 13 15) 誰もが幸せになって欲しい一心で読み続けてました。 笑顔溢れる大団円を迎えることが出来て本当によかったです。 氏のみゆきさんがとても素敵で、最後の台詞が凄く胸に響きました。 長編完結、おめでとうございます。 -- 未定 (2008-08-17 02 22 54) 約一年間におよぶ大長編完結おめでとうございます!二人の四季の物語がこんな最高のラストシーンを迎えることができて本当に本当に…あぁもう目から汁が…止まらない止まらないよ~?素晴らしいお話ありがとうございした! -- 名無しさん (2008-08-17 02 14 47) クリスマスの件からするとどうやってもかがみの悲恋で終わるのかと思ってましたが、こんなに素晴らしい大団円を迎えるとは……どんな言葉を並べても陳腐な感想にしかなりそうも無いので一言だけ。「ありがとう」 -- 名無しさん (2008-08-17 01 34 21) 今回で初めて嬉し泣きをしました。←まるでかがみんだ! 超感謝です!本当にありがとうございました!! -- 名無しさん (2008-08-17 01 27 33) まさに奇跡を見た気がします -- 名無しさん (2008-08-17 00 08 43) 完結おめでとうございます! 気になって毎日一回kairakunozaを開いてしまうくらい楽しみに待ってました! とても詩的なこの作品がくれた感動に震えました! 作者様お疲れ様でした!是非別作品とか気が向いたら読みたいです!それでは! -- 名無しさん (2008-08-16 23 59 03) 言葉が見つかりません。あえて言うなら、このSSが書店に並ぶ事になったり、映像化される事があったら、無償で販売促進に貢献してあげたい位です。超が付く程の感動をありがとうございました。 -- kk (2008-08-16 23 48 00) ここのスレ&wikiはぶーわさんや16-187さんのような名作家に本当に恵まれている! ずっとこのスレを見てきて本当に良かったと思えました! -- 名無しさん (2008-08-16 23 33 34) 久しぶりに大作でもあり名作でもあるssをありがとうございました! もう本当に感動しすぎて上手く感想を書けません。本当に本当にありがとうございました!! -- 名無しさん (2008-08-16 23 30 30) 初めて感想を書かせていただきます。 が、なんと言えばいいのか…(汗) ただただ感動することしか出来ません。 秋の話あたりからハラハラしっぱなしだったのでこなたがかがみのことを好きと気付いたところで泣いてしまいました。 素晴らしい作品をどうもありがとうございました。 そして二人の未来と六人全員の友情に幸あれ。 -- 名無しさん (2008-08-16 21 44 02) 超GJ、もうGJ、最高にGJ! こんな形でくっつくなんて、本当に神様が舞い降りたみたいですね。 そして何気なくつかさ最強説浮上w 約1年にも亘って感動をありがとうございました! 胴上げ胴上げ~! -- 名無しさん (2008-08-16 21 02 39)
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『4seasons』 春/そして桜色の(第二話)より続く ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― §4 さーっと桜吹雪が舞って、私の心はあのころの思い出から浮かびあがってくる。 三年生になった私の元へ、私は帰ってくる。 そうだった、さっき桜を見て覚えた感情は、あのとき感じたおののきと同じものだった。 こんな、怖いくらいに荘厳な桜の世界にただ一人佇んでいた、こなたを見たときの感情と。 あいつは、あのときなにを見ていたのだろう。 それが知りたくて、私もこなたがしていたように天を振り仰いでみた。 艶やかな桜色が、暗い空を背景にどこまでも深く深く立ちこめていた。 覆い被さる雲のような桜が今にも頭上に崩れ落ちてきそうで、心がざわつく。 桜は私という境界を易々と侵犯し、人の意志などおかまいなしに、全てをその色に塗り こめてしまうかのようだった。 怖い。 それ以上見ていられなくて、すぐに目をそらしてしまった。寒さのせいか、身体が震えている。 とにかく誰か人と会いたい。そう思って、足早にその場を立ち去った。 今ここにつかさがいたら、どれだけ安心できることだろう。私にとってつかさがどれだけ 大事な存在だったかを、改めて思い知った。 出店の灯りを見つけたところで、やっと人心地がついた。けばけばしく安っぽい電飾が、 不思議なほど心に染み入ってくる。 こなたは、たった一人であの桜と向かい合っていたんだ。 あいつはなにを思って桜を見つめていたのだろう。人の身であんな美に立ち向かうには、 心のなかにも屍体が必要なのに。 ――ああ、そうか。 そのときわかった、こなたがどうして平気だったのか。 あいつの心には、お母さん――かなたさんがいたんだ。 基次郎のようにその根本に屍体を夢想するまでもない。 あらかじめ母の死という代償を払っているこなたには、桜の美しさなどなにほどのもの でもなかったのだろう。 全くお母さんの記憶がないというこなたの言葉や、そうじろうさんの言の端から、かなたさんが 産褥に倒れたのだということは予想がつく。 自分が母の命を奪って産まれてきたことを知ったとき、こなたはなにを思っただろう。 一番会いたい人に会えないことが、自らの咎によると知ったとき、こなたは誰を責めただろう。 それを思うと、みんなとクラスが別れただけで落ちこんでいる自分が、急に恥ずかしく思えた のだった。 ――帰ろう。つかさが待ってる。 少なくともここにきたことで、気持ちを切り替えることはできた。その点で目的は達せられた というものだ。 明日から、明日からはまたいつもの自分。 寝ぼけ眼のつかさをたたき起こして、駅でこなたを待って、教室でみゆきに挨拶をして。 昼休みになればまた胸を弾ませてB組にいって。日下部にからかわれたり、こなたに弄られて 顔を赤らめたりして。 そう、いつもの日常。去年までと同じ一年。 ――それでいいの? 頭のなかでこなたの声がする。 二年前に住み着いたこなたが、秘密の小部屋から顔を覗かせている。 ――いいに決まってるじゃない。他に選択肢ないでしょ。 あのいつものニヤニヤ笑いを浮かべながらひっついてこようとするこなたを、首根っこを 掴んで小部屋の中に放り投げた。溢れそうになっていた想いと一緒に閉じこめて、念入りに 鍵をかける。 このドアを開けるわけにはいかなかった。 今はまだ。 「ただいまー」 ガラリと引き戸を開けて家に帰ると、“おかえりー”とまつりお姉ちゃんの声が返ってくる。 「あら、お帰りなさい。どこいってたのよ」 居間から顔を覗かせてお母さんが云った。 「ん、ちょっとね……つかさは?」 訊ねると、お母さんは台所の方を指さした。 つかさはすでに力尽きていた。 台所のテーブルに突っ伏してスースカピーと夢の中。時計をみると、まだ十時を少し回った くらいだった。早い、早すぎる。 そのへにょりと垂れたリボンの先、テーブルの中ほどに、桜色のふわふわとした物体が 鎮座していた。 それは桜色のケーキ。つかさがよく作ってくれて二人で食べる、18センチほどのホール ケーキだ。 苺ジャムが入っているのだろうか、型くずれもせず、けれどやわらかそうにスポンジを 覆うムースは、丁度今みてきたような桜色をしている。 沢山の苺がその円周を飾っていて、中央には生クリームで白い文字が書かれていた。 『お姉ちゃんありがとう』 私の頬は今、そのケーキよりなお桜色をしていると思った。 本当につかさには敵わない。この子の中はやはり、ふわふわとしたなんだかわからない、 素敵なもので満たされているのだ。 起こすのは忍びなかったけれど、このまま寝かせたままでいるのも、つかさの好意を無に してしまうだろう。 ほっぺたをぷにぷにすると、マシュマロのような感触に、指が埋まっていく。 それが面白くて、何度も何度も突っついた。 「う~ん……、メレンゲ星人~?」 そう呟いて、つかさはとろとろと目を開けた。 「なんだよメレンゲ星人って、エリンギ星人とは仲悪いのか?」 一体この子の中ではどんな宇宙戦争が繰り広げられているのだろう。 つい微笑みそうになる口輪筋を引き締めて、無理に呆れ顔を作って云う。 「あ、あれ? あれれ? あー、わたし寝ちゃってた~! お姉ちゃん、お帰りー」 「ただいま、ごめんね遅くなって」 まだとろんとした半眼をしたまま、つかさはニコニコと笑って云った。 「あ、あのね、わたしケーキ焼いたんだよ、お姉ちゃん食べる~?」 「うん! ありがとう! すっごい美味しそうにできてるわね、それ」 あえて書かれた文字には触れずに、お皿を出しに戸棚に向かう。 「え、あ、あー! いきなり見せてびっくりさせようと思ったのに……出しっぱなしじゃ ダメダメだぁ~……」 「ふふ、嬉しかったよ。でもなぁに突然ありがとうだなんて、私なんかしたっけかー?」 「んーん。ただなんていうのかな、わたしが陵桜に入れて、みんなと楽しくやっていけてる のもお姉ちゃんのおかげだから、その感謝の気持ち? あ、紅茶でいいよね?」 「……な、なにいってんのよ……。そんなこと云ったら私だってつかさのおかげなんだからね。 こなただってみゆきだって、最初に仲よくなったのつかさじゃない。紅茶でいいよ、 ありがとう。……半分に切ったケーキ、『お姉ちゃん』と『ありがとう』どっち食べる?」 「あれ~? そうだっけ~?……ど、どっちかっていうと『ありがとう』かな…」 「そうだよ。自信持ちな。あんたは一人でも上手くやっていけてるよ。今も、これからもさ」 そう云ったとき、つかさは紅茶を注いでいた手を止めて、私のことをじっとみつめた。 「ん? どうした?」 「あ、んーん、なんでもない……。お姉ちゃん、いつものお姉ちゃんだね」 「ん。ごめんね、心配させちゃったね」 そう云うと、つかさはふわふわと笑ってくれた。 ケーキは凄く美味しかった。 今夜このときだけは、この宇宙に体重計は存在しなかった。 ――そのはずだ。 §5 「やふ~、柊さん」 「こなちゃんおはよう~」 「おーっすって、なんだよ柊さんっていまさら、気持ち悪いな」 「かがみとつかさって云うのがめんどかったから、名字で纏めた」 「纏めるなよ! 大した労力でもないだろ! ってか一文字しか省略できてねぇよ!」 朝。やっぱり寝ぼけ眼だったつかさを叩き起こして、学校に向かった。糟日部駅前では、 珍しくこなたが先に来て私たちを待っていた。 ――柊さん。 こなたにそう呼ばれるのもいつ以来だろう。 出会いのころこそしばらく名字で呼ばれていたけれど、姉妹を識別する必要があると思ったか、 すぐに名前で呼ばれるようになった。 こういうときに双子はありがたい。つかさのようにすぐに他人に心を開けない私にとって、 他人を名前で呼ぶにいたるまでには高い壁がある。 けれど先に名前で呼ばれてしまえば、私のほうから名前で呼ぶのも自然というものだ。 現に日下部と峰岸なんて、ついに名前で呼ぶことができずにもう五年目突入だ。 「ひ・い・ら・ぎ・さ・ん――か・が・み・と・つ・か・さ――あれ、ほんとだ~」 「まったく、どんだけ横着なんだよ」 「いや~、リアル挨拶もネトゲみたいにショートカット一つで出せたら便利だな、って思うね」 「思うなよ。そんな挨拶嫌すぎるだろ」 いつも通りの朝。いつも通りのやりとり。 今の私には、そんな会話も楽しくて仕方がない。 こんな風に学校に通うことができるのも、あと一年。残り少ないその時間を、大切に過ごして いきたいと思った。 と、こなたが私をじーっとみつめているのに気づいた。 「な、なによ?」 「よかった、いつものかがみだね」 そう云って嬉しそうに笑ったその笑顔に、思わずどきりとする。 「な、なに云ってんのよ、いつも通りに決まってるでしょ」 「いや~、かがみのことだから、昨日は枕を涙で濡らしたんじゃないかと思って!」 「濡らすか! なんでだよ!」 「あ、お姉ちゃんね、昨日の夜一人で出かけていったんだよ。きっと土手を走ってばかやろ~って やってたんじゃないかなぁ」 隣に並んだつかさが、ふわふわ笑いながら爆弾を投下する。 途端にこなたの顔がつぶれた餅みたいに崩れていって、嬉しそうだった笑顔は意地悪な ニヤニヤ笑いになる。 「あんれ~? あんれ~? かがみんやっぱ別のクラスになって寂しかったんだ~? おー、よしよし」 「つ、つ、つつつつかさーっ!! なんであんたはまた余計なことをーっ!!」 「あ、ごめんごめん」 頬を掻くつかさ、子どもをあやすみたいに頭を撫でるこなた、顔を真っ赤にして怒鳴り 散らす私。 こんな風に照れることに対して、自己嫌悪を感じなくなったのはいつからだろう。 ずっとこんな自分が嫌いだった。自分ではスマートで知的な人間になりたいと願って いたから、すぐあたふたする所は短所だと思っていた。 いつからだろう、こういう所も含めて自分なのだと認められるようになったのは。 少なくとも、二年前のあの日に桜の下でこなたに出会えなかったら、こんな風に自分の ことを好きになれることはなかっただろう。 あの日怒鳴ってしまったことにたいして、こなたが“ツンデレ萌えー”と喜んでくれた ことで、どれだけ私が救われたことか。 ――秘密の小部屋のドアが、がたがたと揺れる音がする。 けれど恥ずかしいことはやはり恥ずかしいので、そっぽを向いて先を急ぐ。“お姉ちゃん まってよ~”と云ってつかさが追いかけてきた。 と、バス亭の前に見慣れた姿が見えた。 「あれ、みゆきじゃない?」 「あ、ほんとだ~。この時間にいるの珍しいねー」 そこでは、桜色の髪をした友人が一人でぽつねんとバスを待っていた。 「おおー! みゆきさんおはよ~!!」 走ってきたこなたがぶんぶんと手をふって、みゆきに呼びかけた。 「あら、みなさん。おはようございます」 ふりむいてニコリと笑うみゆきに、口々に挨拶を返す。 「どうしたのみゆき? 普段一本早いバスじゃない」 「ええ、この時間ですと電車の乗り継ぎがタイトですので、普段は早めなのですが…… お恥ずかしい話、少々寝過ごしてしまいまして……」 「えー。ゆきちゃんでも寝坊するんだー」 つかさが嬉しそうに云った。 「つかさ? もしかしてあんた同類ができたと思ってない?」 「あ、えへへ、そ、そんなことないよ?」 顔に大きく図星て書いてつかさが云う」 「いえいえ、私もつかささんと一緒で。暖かくなってきたからでしょうか、春眠暁をなんとやらで 眠くて仕方がありません」 「そうだよねー、眠いよねー。年中春眠暁をなんとやらだよね~」 途端に天然ボケの螺旋階段をぐるぐると昇っていく二人を眺めてバスを待つ。 と、会話がとぎれたところでみゆきが私のほうをむいて云った。 「よかった、かがみさんもいつも通りですね」 みゆきにまで心配をかけていた自分が嫌になった。 「なによあんたまで……つかさにもこなたにも云われたけど、私はずっといつも通りよ」 「ふふ、そうでしたね。申し訳ありません」 包み込むような笑顔でみゆきが笑ったとき、丁度バスが見えてきた。 教室の前。ここで私たちは別々になる。 吹っ切れてはいたけれどやはり少し寂しくて、みんなのほうをもう一度眺めやる。 と、こなたの頭に桜の花びらが乗っているのに気づいた。校門脇の桜並木のお土産だろう。 「こなたこなた」 「ん、なーに?」 呼びかけた私のほうに、こなたは小走りでやってくる。つかさとみゆきはもう教室に入って いて、少しだけ二人きりになった。 「ほら、頭に桜ついてるよ」 そう云って花びらをつまみあげた。あんなに恐ろしく感じた桜だけど、ひとひらだけなら 愛おしくも見える。 「あ、ありがとう」 こなたは珍しくも照れくさそうに笑う。 普段と違うその空気に少しとまどう私に、こなたは云った。 「あのさ、初詣のとき、覚えてる?」 「え、初詣?」 「うん、あのとき私、“かがみには別のクラスでいてもらわないと”って云っちゃったけど……。 あれ、本心じゃないから。わたしだって、一緒のクラスがいいなって思ってるんだよ!」 私は、云われていることが咄嗟に飲み込めなくて呆然としていた。 「そ、それだけ! じゃあまたお昼にね!」 こなたは、そう云って手を振って教室に入っていった。 手に残った桜の花びらを見て、そうして今しがた同じ桜色に染まっていたこなたの頬を 思い浮かべた。 ――ああ、あいつも私と同じか。 つい口を滑らして云い過ぎたことを、ずっと気にしてたんだな。 可愛いな、こなた。 そのとき気づいてしまった。どきどきと高鳴る胸の鼓動に。 その鼓動こそ、鍵の掛かった秘密の部屋のドアを揺らす音。 膨れあがっていく桜色の想いに、ついにドアの蝶番が耐えられなくなって吹き飛んだ。 心が、胸が、体中がその想いで満たされる。 ああ、気づいてしまった。気づいてしまった。 一度認識してしまえば、もはや永遠に元には戻れない、その想いに。 そう、桜の樹の下には屍体が埋まっていた。 私の心の奥にひっそりと咲く、狂い桜の根本に。 でも、今はもうない。 秘密の小部屋は開けられて、咲いていた桜は散ってしまって、埋められていた屍体は 暴かれてしまった。 その屍体は――隠された想いは――無意識下に埋められた想いは――桜吹雪の奔流と混ざり合い、 私の心の中を春の嵐となって吹きすさぶ。 そして桜色の、その想いに全身が包まれる。 ――私は、こなたのことが好きだ。 (了) ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 『4seasons』 夏/窓枠の花(第一話) へ続く コメントフォーム 名前 コメント ショートストーリーというよりサイドストーリーな感じで、との事だけど。サイドの域は軽く超えちゃってますな -- 名無しさん (2008-07-06 00 25 34) なんつーか、SSっていうより文学ですな、これ。 -- 名無しさん (2008-07-06 00 05 57) 1話から引き込まれて読破中。明日休みで良かった・・・ -- 名無しさん (2008-04-12 04 43 03) 感情表現がうまい!季節表現も丁寧で感じとりやすい!!ホント美しいです。 -- 名無しさん (2008-03-30 09 59 52)
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このページはこちらに移転しました SEASONS 作詞/95スレ157 作曲/つる もっと笑えたらいいのになぁ 迷いなんかなくなれば楽なんだろう 暖かい布団の中で思い出した冷たいstory 寒くて暗すぎる夜には慣れている 1人扉を閉ざし深く眠りにつく 暖かい布団の中で描いてた甘すぎるdream 泣き出してしまいそうな心 救ってくれたのは君 くだらないこの世界 もう君なしでは生きられない 少し変わってしまったのかなぁ? 君との日々は眩しすぎる太陽 汚れていた布団を干してさぁ出かけよう 飛び出してしまいそうな心 笑ってる君がいる 夢のような甘い世界 まだまだ生きていたい 咲いている綺麗な桜の花 きっと僕ら離れてしまうんだろう 嘘などついた事ないけど なぜだろう心が痛いんだよ 泣き出してしまいそうな心 優しくしてあげればよかった くだらないこの世界 退屈な日常に戻っていくよ 音源 SEASONS SEASONS(歌:ドンゴッサモ)
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『4seasons』 秋/静かの海(第五話)より続く ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― §10 「コスモス、ヤナギラン……ヒガンバナ。サルスベリにベルガモットに、あれはえっと…… ポリジ?」 振り向いて訊ねるこなたに、そうじろうさんはうなずいた。 お寺に向かう道の周りには、自然のままの野原が広がっているのだった。 未舗装の、土のままの道を歩くのは久しぶりだ。踏みしめた足に返ってくる柔らかい感触に、 ふと懐かしさを覚える。 鷹宮や糟日部にもまだ自然はそれなりに残っているけれど。こんな風に“空き地”ではなくて “野原”だと思えるところは、もうそんなに多くはないのだった。 誰かが手入れしているというわけでもないだろうけれど、それでも野原には色とりどりの 花が咲き乱れている。 秋にもこんなにたくさんの花が咲くんだな。そんなことを考える。 「……ノコンギク? ううーん、トリカブト?……あ、ワレモコウ!」 咲いている花を指さしては名前を呼んでいくこなただった。最初のうちは順調だったけれど、 マイナーな花に及んでいくにつれ、段々自信なさげに語尾が上がるようになっていた。それでも ガーデニングをやっているだけあって、こなたは私がみたこともない花の名前を云い当てていく。 それが本当に正しいのかどうかはわからないけれど。 ――花の名を、私は知らない。 元素の原子番号と原子量なら知っているけれど、花の名前はよく知らない。 経済学と社会学ならわかるけれど、ワレモコウがどういう漢字なのかはわからない。その名に 篭められた意味も。 きっとみゆきなら、そんなことも全部知っているのだろうなと思う。あいつは何も切り捨てずに 全てを識ろうとすることができる、そんな人間だ。 「吾亦紅って書くんだな、面白いだろ」 ワレモコウを漢字でどう書くか、訊ねたらそうじろうさんが教えてくれた。吾は私で、亦は “また再び”という意味だ。 ――年が巡り、花を咲かせた私は再び紅色に染まる。そういう意味だろう。 花の視点から“吾”と名前をつけた昔の人の感覚に、感心する思いだった。 「すぐ真っ赤になる、かがみみたいな花だよね」 こなたが笑いながら余計なことを云った。 一歩一歩、目的地に近づいてきている。 そこのからたちの茂みを曲がれば、お墓はもうすぐそこなのだそうだ。 唐突に始まった私のこの旅も、終わりが近づいてきている。 朝目覚めると、目の前にこなたの顔があった。 いつかみたいに口元に手をあてて、ぷくくと悪戯っぽく笑っていた。 「おはよーかがみん。ぬふふ、可愛い寝顔だったよ」 そんないつもの軽口にも、私は咄嗟に反応することができなかった。 ――眠い。 眼がしょぼしょぼする。口の中が乾いていて、麻痺したように言葉がでてこない。全身に広がる 脱力感に、手足を動かすことすら億劫に感じていた。 ひたすらに、眠い。 寝ぼけ眼で時計を見上げると、どうやら二時間半しか寝られていないようだった。こんなことなら 中途半端に寝ないで起きていればよかった。閉じようとするまぶたと格闘しながらそう思う。 「ど、どったのかがみ。もしかして寝られなかった?」 「……あんたのいびきがうるさくって……」 うつらうつらとしながら口を開くと、かすれたような声が出た。 「ふぉ! まじですかっ」 顔を赤らめて恥らうこなたを眺めているうちに、少しずつ頭が覚醒していく。「冗談よ」と笑って 伸びをすると、口から大きなあくびが飛びだした。 「え、えと、ほんとだよね? わたし、いびきなんてかいてないよね?」 ベッドの上にぺたんと座って、上目遣いで見上げるこなただった。 「あ、うん。ってかなによ今更? いびきを気にするなんてあんたらしくないわね?」 「い、いや~……。なんていうか、自分の意識がないときに自分が何してるかって、妙に気にならない?」 「あー、まあ、そうかもなー」 顔でも洗ってこよう。そのつもりで立ち上がった私は、けれどふと思い立って、窓の方に 足を向けた。 カーテンを引くと、外はまばゆいばかりの光に満たされていた。まだ水平線から昇ったばかりの 朝陽が海原を白く染め上げている。強い陽射しが寝不足の眼に突き刺さるように痛かった。 「うおっ、まぶしっ」と後ろでこなたが呟いた。どうせまたなにかのアニメネタなのだろう。 「うーん、いい天気ねー」 そう云って、もう一度大きく伸びをする。 ばきばきと身体が音を立てて、眩暈がするほど気持ちがよかった。 「……かがみ?」 不思議そうに訊ねるこなたの声がする。 「――ん?」 「いや、なんていうか……なんかあった?」 「なにかって?」 「んー、昨日わたしが寝てるときに、なんかあった? ほら、寝不足みたいだし」 「……なにもないわよ。そんな夜中になにかあるわけないでしょ」 「そっか。そうだよね、ごめん、なんでもないや」 こなたはごそごそと手持ちの旅行鞄を漁り、タオルやら着替えやらを引っ張り出している。 私が眺めているうちに、「先に顔洗ってくるね」と云ってパウダールームに向かっていった。 扉の向こうに消えていくこなたの青い髪を見守りながら、私は不思議な満足感に満たされていた。 身体は寝不足の気怠さに包まれていたけれど、なんだか少しだけ心が軽くなったような気が していたのだった。 それはどこにでもある、なんの変哲もないお墓だった。 墓地にある他のお墓とあまり違うところはない。 ただ一つ、墓石に刻まれた“泉家之墓”という文字だけが、私にとってそのお墓を特別なものに しているのだった。刺さった卒塔婆は未だ白木の生々しさを残していて、今でもしっかりと手入れを されているのがよくわかる。 枯れた献花や線香の燃えかすなどを掃除して、こなたと一緒にお墓を綺麗にしていった。 小父さんは、お寺にひしゃくと桶を借りにいっている。 真新しい卒塔婆のことを訊ねると、やはりそれはお盆に帰省したときにこなた達が立て直した ものらしかった。 「夏にくるとね、アマガエルが沢山いるんだよ」 さっとお墓の天辺を払って、こなたがそう云った。 「お寺の裏に池があってね、そこに住んでるの。お墓の上に乗ってて半分黒くなってるやつとか、 いるんだよー」 眼を細めて満足気な表情をしているけれど。 こんなときにそんな顔をされてしまっても、困る。今後こなたのこの顔をみても、今までみたいに 単純に“こいつは今幸せなんだ”と思えなくなってしまう。 戻ってきた小父さんと一緒にお墓を掃除しながらも、こなたのお喋りは止まらなかった。 「アマガエルってさ、あんなにコロコロ身体の色変えて、元の自分が誰だかわかんなくなったり しないのかな?」 「そうね、どうなのかしらね」 答えながら、私は預かっていた包みを開けて花束を取り出した。それは菊だった。埼玉の泉家に かなたさんが残した庭で育てられた菊だった。 「自分がアマガエルってことを隠したいのかな。周りに憧れてて、一緒になりたいのかな」 「そうね、そうかもしれないわね」 「石みたいに、土みたいに、草みたいになりたいって、思ってるのかもね?」 「――なぁ」 聞いていられなくなって、私はつい強い口調で遮った。 「……ん?」 「それ、アマガエルの話なんだよな?」 「……当たり前じゃん。どったのかがみ?」 ちらと振り返って私をみつめるこなたは、いつものニヤニヤ顔だったけれど。その青竹色をした 瞳の中には、常と違う感情がゆらめいているように私は感じていた。 みると、そうじろうさんも優しい眼差しでこなたのことをみつめている。 この人は今、なにを思っているのだろう。こなたのことさえ私にはわからないのに、小父さんのこと なんて余計にわからなかった。この世はわからないことだらけだ。そして、上手くいかないことばかりだった。 花入れの水を入れ替えて、持ってきた花束を差し込む。花入れは左右に一つずつあったけれど、 片方のものに全部の花を入れた。 線香を三つに分けて、それぞれの手に持つ。 こなたが火をつけようとライターを持って近づいてきたとき、私は顔を近づけて小声で云った。 「アマガエルが綺麗な緑色をしてるってこと、私が――私たちが知ってるよ。それじゃだめか?」 「んーん。だめじゃないよ。別にアマガエルなんてどうでもいいし」 おい。じゃあなんなんだ、さっきの会話は。そう思ったけれど、そんな空気の読めない突っ込みを するほど私は無粋じゃない。 最初にそうじろうさん、次にこなた。最後に私。 黙祷をしながら、思う。 もし今、この高い空の果てから、或いはこの墓地が見下ろす日本海のその先、西方浄土から かなたさんがみつめていたとしたら、一体私のことを誰だと思うだろう。そう思うと、人と人との関わりの 不思議さについて考えざるを得なかった。 ――ありがとう。 眼をあけた時、誰かが囁く声が聞こえた気がした。 それを云ったのがこなただったのか。 小父さんだったのか。 かなたさんだったのか。 それは、いつまで経ってもわからなかった。 §11 「ね、ちょっと海岸歩かない?」 こなたの提案に、私は一も二もなくうなずいた。 波打ち際を歩く私たちの髪を、吹きつける潮風が揺らしている。波が打ち寄せれば砂浜が 水を吸って黒く染まり、引けばまた白い砂に戻る。そんなやりとりを、この海は一体何億年前から 繰りかえしているのだろう。 沖から吹く風は日本海の冷気を吸って冷たかった。まるでよくある“極寒の日本海”のイメージ 通りだと、私は思った。 足を踏みおろす度、足下の砂がきゅっきゅっと音を立てて鳴きたてる。ちょっとだけ背筋を丸め ながら、私たちは砂浜に足跡を残して歩いていく。 晩秋の浜辺を、こなたと一緒に歩いていく。 「あんたは、ご住職に挨拶しなくていいの?」 「うん。あのお寺の住職さん、お父さんとお母さんの同級生なんだ。つもる話も、あるだろうからね」 「へえ、珍しく殊勝な心がけじゃないの」 私がそう云ってちゃかすと、こなたは“むふー”だか“にゃふー”だかわからないうなり声を上げて、 猫みたいに眼を細めた。 ざ、ざーと、波の音が聞こえてくる。 そういえば昨日この町にきたときは、やたらと波音が耳について離れなかったな。そんなことを 思い出していた。 「この町にくると、みんなお母さんのこと知ってるけどさ。わたしだけ知らないんだよね、お母さんのこと」 ぽつりと、沈黙を埋めるようにこなたが呟いた。 「……それが、小父さんと住職さんと話したくない、本当の理由?」 「ん、ホントのってわけじゃないよ。そんなことも考えちゃうってこと」 風に暴れる髪をまとめようと、悪戦苦闘しながらこなたが答える。癖のないこなたの髪は風が吹く度に するするとなびいてしまって、ともすれば上半身を全て覆い隠してしまいそうにもなる。 「あははっ、こなた凄いなそれ、なんかの妖怪みたいだぞ!」 「むー。妖怪を馬鹿にするな!」 「妖怪の方は馬鹿になんてしてねーよ」 そんな風に突っ込みながら自分のリボンを外すと、こなたの暴れる髪を抑えつけて根元から縛る。 「……あ。ありがと」 もう片方のリボンも外して、私もこなたと同じように後頭部で一本に縛りなおした。 「あんた、髪切るつもりはないの?」 「ないよぉ。……わかってる癖に」 わかってる。それも全部わかってる。 それは去年の秋、こなたの部屋でかなたさんの写真をみたときからわかっていた。ずっと無精している だけだと思っていたこなたの長髪は、かなたさんと同じくらいの長さに保たれていたのだと。 「――あのさ」 「うん?」 「みんながお母さんのこと知ってるっていうけどさ。自分だけ知らないって云うけどさ。 やっぱりかなたさんに一番身近なのはあんただと思うわよ」 「……え?」 私を見上げてきょとんとした顔をするこなた。 その瞳は、迷子になった幼子のようにゆれている。 だから私はこなたを捕まえるようにして、しっかりと肩を掴んで言葉を継いでいった。 「この身体に、ちゃんとかなたさんの遺伝子が残ってるじゃないの。かなたさんが生きた証を、 受け継いでるじゃないの。……それ以外は、あんたのこの身体以外は、もう、全部、ただの 思い出でしかないんだよ……」 そう云って、小さな身体をぎゅっと抱きしめた。 お母さんが子供を抱くみたいに。 友達が傷ついた友達を抱きしめるみたいに。 劣情を隠して、ぎゅっと。 少しだけ高い体温。柔らかな肌。 それが、不思議と厭じゃなかった。 なぜだか、悲しくならなかった。 それはもしかしたら、そうじろうさんの想いに触れて、かなたさんとのつながりを知って、 人を愛するための様々な方法を学べたからかもしれない。そんな風に思った。 「――かがみ」 腕の中で、ぽつりとこなたが呟いた。 「ん?」 「好きだよ、かがみ」 一瞬、心臓が止まりそうになる。 こなたが私の胸に顔をうずめているのは幸いだ。 驚きに眼を見開いた私の顔をみられずにすむから。 それはずっとずっと聞きたかった言葉だった。 そして、絶対に聞きたくない言葉でもあった。 止まりかけた心臓が動き出したと思ったら、今度は今にも張り裂けそうに暴れ出す。 大丈夫。私は間違っていない。 大丈夫。勘違いもしていない。 今こんなに動揺しているのは、ただ吃驚しただけなので。ただ抱きしめた身体が、余りにも 暖かいからなので。 だから私は深呼吸を一つして、冷静な気持ちで答えることができた。 「――私も、あんたのこと好きよ」 それを聞いたこなたが、胸から顔を上げて私をみつめてくる。 「……なんだ、あんまり顔赤くなってないね。残念」 「そりゃね。大体今更なにが“好きだよ”なんだか。そんなこと前からわかってるっつーのよ」 「えー。でもそういうのを改めて云われると照れるのが、かがみクオリティじゃない?」 「知るか!」 「むふー。照れてる照れてる」 そう云って眼を細めたこなたは、再び私の胸に顔をうずめると、満ち足りたようにため息を吐いた。 「――暖かいね、かがみは」 その言葉を聞いたとき、私は漸く気がついた。 私がすでに、こなたと私の間に広がっていた空隙を、飛び越えてしまっていたことを。 38万4,400km。その、月と地球の間ほど開いていた距離はもはやなくて。 私は、静かの海に佇んでいる私を見いだした。 荒涼とした晩秋の浜辺は、鈍色の単色に染まる月の平野にも似ていて、私たちの周りには “静か”が満ちている。 静かで、落ち着いて、そして涯てもない。 そんな愛情が満ちている。 その海は、恋情も熱情も嫉妬も戸惑いも、全部飲み込んでしまうから。 ただこの腕の中にいるこなたが単純に愛おしいと思うから。 性欲とか、独占欲とか、支配欲だとか、なんだかもうどうでもよくなってしまって。 ――だから。 私の恋は、その日終わってしまったのだ。 §12 「んじゃ、お父さん呼んでくるよ、ちょっと待ってて」 そう云い残して、こなたはお寺わきの住宅に入っていった。そこは集会所のようになっていて、 法事や訓話があるときに檀家が集まれるようになっているのだそうだ。 私はなんとなく一人で辺りを見て回りたくなったから、一緒に行くのを断ってふらふらと周囲を 歩きだした。 この場所を覚えておこう。野原に囲まれて佇ずむ、この墓地を忘れないようにしよう。 いつか夏になって、お墓参りの日程が被らなければ、アマガエルを見にまたこなたとこよう。 そんなことを思う。 ――ふと。 かなたさんのお墓の方をみやると、そこに人影がいるのに気がついた。 黒羽二重と縞柄の袴。きっちりと喪服を着こなした老紳士と、黒無地に五つ紋を染め抜いた和服に、 地紋のついた帯を合わせた老婦人。二人ともきりりと背筋が伸びていて、普段から和装を着慣れている 印象を受ける。 その光景をみた瞬間、私の心臓がどきりと跳ねた。 そうだった。何かを忘れていると感じていたのだ。 どうしてそのときまで気づかなかったのだろう。自分のうかつさに、呆れるほかはなかった。 二人はなにかを小声で云い合っている風だったが、私がみているうちに何か話がこじれたのか、 老紳士はステッキを荒く衝きながらどこかに去っていってしまった。 老婦人は一瞬頬に手を当てて嘆息を見せると、突然私の方を向いてふわりと笑いかけた。 その青竹色の瞳に、私は撃ち抜かれたように動けなくなる。 同じ眼だ。 あいつと、そしてかなたさんと。 これは同じ眼だ。 「――あの子の、お友達?」 小さいけれど張りがあって、不思議と通る声だった。 その眼差しに、白と青のまだらになったその髪に、子供みたいに小さな体躯に、私は、涙がでそうに なってしまった。 「……は、はい! そうです、友達です」 慌てて云う私は、きっとみっともなく写っているだろう。けれど老婦人は、心から幸せそうに満面の 笑みを浮かべてこう云った。 「ありがとう、安心したわ。あの子と、ずっと友達でいてくださいね」 会釈をして歩み去ろうとする老婦人の背中に、私は慌てて声をかける。 「あ、あの。あの子に会っていってくださらないんですか?」 その言葉にくるりと全身で振り向いて返事をする老婦人は、その所作の節々から育ちのよさが 感じられた。私は“網元の娘”と云っていたくにおさんの言葉を思い出していた。 「ごめんなさい。……あの子やそうじろうさんに会うと、あの人が怒るのよ」 そういって困ったように笑った。 その言葉にほぞを噛む思いだった。くにおさんの、こなたの、そうじろうさんの態度から、 予想できていたことだった。 それでも私はどうしてもそれを云いたかったのだ。子供っぽいわがままでしかないと知っていても。 家と家の、背負ってきた伝統の重さの前では、私の感情なんて吹けば飛ぶようなどうでも良いものだと わかっていても。 「普段はあちらさんは夕方に来るはずだったのだけれど。今日は失敗してしまったわ。あ の人もそれでもうかんかん」 私はうつむいてこみあげそうになった涙をこらえていた。私はなんて無力なのだろうと思う。 「――でも、それでよかったわ。久しぶりにあの子の顔がみられた。あなたにも会えた」 私は思わず顔を上げて問いかける。 「……あいつのこと、みてたんですか?」 「うふふ、見てたわよ。海岸で、あなたと一緒に――ね」 「……あ」 見られてた。あの場面を見られてた。 一体どこからどこまで見ていたのだろう。それを思うと顔が赤らむのを止められなかった。 「安心したというのは本当よ。あの子があんなに楽しそうに笑っているところ、初めてみることが できたわ」 そう云って頬に手を当てる老婦人は本当に嬉しそうだった。 そうして、老婦人は去っていった。 ――あの子のことを、よろしくお願いします。 その言葉だけを残して。 私みたいな若輩の小娘に、深々と頭を下げて。 その人は、去っていった。 「かがみー!」 聞こえてきた声にふりむけば、こなたが私に手を振りながら駆けてくるところだった。 そのむこうにそうじろうさんも待っている。 私も手を振り返して、こなたの方に向かおうとする。 最後にちらりと、かなたさんのお墓を私は眺めた。 そのときに、気がついた。 ――もう片方の花入れに。 どうして二つあるのに片方しか使わないのだろうと、疑問に思った花入れに。 満開に咲いた菊の花が、飾られているのだった。 (了) 『4seasons』 冬/きれいな感情(第一話)へつづく コメントフォーム 名前 コメント ふぅっ、一気に読み終えた。 しかしまぁ、、どのチャプターを読んでも鼻の奥が妙に疼くぜ。。 -- 名無しさん (2008-05-05 22 11 36) お疲れさまです 続き待ってます! -- 名無しさん (2008-03-21 18 14 22) 完成したらzipでくださいm(__)m -- 名無しさん (2008-03-21 08 02 01) らきすたの二次創作である事を忘れてしまう -- 名無しさん (2008-03-20 22 39 17) この作品の挿絵描きたく思う・・・・・・・・・・・・・。 -- 名無しさん (2008-03-20 20 19 15) 読む度、いつも思う なんか違う空気を吸ってるなというかそんな感じ ついに、次は『冬』。どうなることやら… 『春』が来たらいいな、うん。 -- 名無しさん (2008-03-20 16 39 23)
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『4seasons』 夏/窓枠の花(第一話)より続く ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― §2 「うわぁ、やっぱみゆきには敵わないなぁ、なんだよ100点って! あんたなら東大理IIIとか 普通に入れるんじゃないの?」 「いえいえ、そんな。さすがにあそこは無理かと思います。センターでいくらとっても当てに ならないところですし。それに、私の学力もこれから先あまり伸びないと思いますから」 「ふーん?」 なんでそう思うのだろう。 よくわからなかったが、特に追求して欲しそうでもなかったので、相づちをうって適当に 話を切り上げた。 私とみゆき、自室で二人きりだった。 つかさとこなたは先に寝てしまっている。今ごろつかさの部屋で二人とも高いびきだろう。 別にそう意図したわけではないのだけれど、結果として進学に意欲的な二人が私の部屋に 取り残されたところで、随分と本気の勉強会になってしまった。二人でやったセンター試験 生物Iの過去問はみゆきが満点で、私は86点をとった。 「かがみさん、不思議ですね。オーキシンの極性移動が重力に拠らないことと、光屈性の 概念がわかっていらっしゃるのに、どうしてこちらで間違えてしまうのでしょう?」 「んー、なんだろ。正の重力屈性とか負の光屈性とか、言葉がごっちゃになっちゃったの よね」 「ああ、なんとなくわかります。総体としては完全に理解していらっしゃるのに、もってまわった 科学用語を暗記する時点でつまづかれているような」 「そうそう、ほんとあんたの記憶力分けて欲しいわよ」 「あ、あはは……」 みゆきは照れながら笑い、仕切り直すように咳払いをしてから続けて云った。 「でも私思うのですが、これからの時代に必要になる智慧というものは、そういった概念や 構造を広く直感的に認識できる力なのではないでしょうか」 「えっと、些末な知識より、全体を見極める力が大事っていうこと?」 「ええ。トリビアルな知識なら、パソコンで検索してすぐにわかりますから、わざわざ覚える 必要もないことなのかもしれません。テクストよりコンテクストと申しましょうか」 「はぁ、そうは云っても、受験にパソコン持ち込むわけにもいかないしね……」 フォローをしてくれているのはわかっているけれど。 ため息をつきながら周囲を見回した。 部屋にはお菓子の空き袋をまとめたゴミ袋や、飲み終わった空き缶、それに掃除し残した クラッカーの紙吹雪などがまだちらほらと残っていた。 元々は私とつかさの誕生日パーティーで、泊まりで騒ごうという話だった。けれど時期が 時期だけに、ちゃんと勉強会をしていこうという流れになったのだ。 そう決まった途端、日下部は慌てて逃げ出していった。あいつにとって勉強というものは あくまでも嫌々ながらやるもので、めでたい日にわざわざやりたくなるようなものでは ないのだろう。ましてや夏休みが近いともなればなおさらで、どうせ頭のなかはすでに真っ白な 入道雲と蝉の声で一杯なのだ。 日下部が帰ると云ったら、当然のように峰岸も帰り支度を始めた。やはりこの四人に対して 峰岸一人だと、気後れするのだろうか。 もっとも元々二人とも近所であるし、わざわざ私たちの家に泊る理由もあまりないのだった。 結局いつもの四人ですることになった勉強会だけれど、これもまたいつものごとく、一時間経ち、 二時間も経つころには、一人、二人と脱落していった。 つかさはともかくこなたがこんなに早く寝てしまうのは珍しかったけれど、聞けば昨日は ネトゲで半分徹夜だったらしい。全くいつまでたっても受験生としての自覚がないやつだと思う。 とりあえず進学するつもりではあるようだけれど、では志望校はどこだと訊ねてもなんだか 判然としない。どんな学部に行きたいかも漠然としてよくわからない。 本当にどうしようもないやつだと思う。 けれど惚れた弱みか、そんな駄目人間っぷりにも保護欲をかき立てられてしまって、少しでも 勉強させようと面倒をみてしまうのだから、我ながら重傷だと思う。 嫌そうにしかめる顔つきすら見てて嬉しく思ってしまうのだから、救いようがない。病膏肓に 入るとはこのことだ。 その病というのはいうまでもなく、昔から不治の病として名高い例の病気――恋だった。 そしてその病気には、夏の暑さは大敵なのだ。 なんといっても、今の私にとって、夏のこなたは酷く危険な存在なのだから。 自宅はおろか、私の部屋の中ですら、できるかぎり軽装になろうとする。ただでさえ薄着で あるのに、可能な限り肌を露出したがるのだ。一度などはカットソーを脱いでスポーツブラ一つに なろうとしたのだから目に毒だ。 特に勉強を始めて机にかじりついているときなどは最悪だった。集中しているときは自分の 服のどこがまくれていようが、自分の身体の何が見えていようが気にしない。 集中がきれたらきれたで、急に寝っ転がったり伸びをしたり、やたらと複雑で独創的な ストレッチを始めたりして、その度に私は顔を赤らめて目をそらすことになる。 だから、最近は隣で勉強をみてあげることも控えるようになっていた。理性で衝動を抑えこむ のにも限界がある。正直に云って、今日も先に脱落してくれて少しほっとしたものだった。 「ちょっとお茶淹れてくるわ」 「あ、すみません、おかまいなく」 恐縮するみゆきにひらひらと手を振り、空き缶が入ったビニール袋を携えて部屋をでていった。 とっておきのプリンスオブウェールズを淹れてあげよう。あの優雅で穏やかな香りはみゆきに 合っているはずだ。 茶漉しとティーコージを用意して、空き缶をすすぎながらお湯が沸騰するのを待つ。 窓の外ではざわざわと公孫樹がゆれている。台所の窓からは、裏庭の庭園がよく見えた。 関東最古の神社にふさわしく、自宅と社務所がある敷地内には純和風の小庭園が広がって いるのだ。 それは子供のころからずっとみてきた風景だった。 ――私は本当にずっとこの家で育ってきたんだな。 そんな当たり前のことをなぜだか考える。 高校を卒業したら、一人暮らしをしてみるのもいいのかもしれない。知らない街の知らない 部屋でなら、この家では知ることができないなにかを学べるだろう。そう思った。 けれどどう想像を逞しくさせても、つかさがそばにいない生活というものがイメージできなくて、 私は一人苦笑する。いつか妹離れをしないといけないことはわかっているけれど、できれば その決断はまだ先送りしておきたいと思った。 『つかさを守る強い姉』という自己像を無くしたとき、私はきっと恐ろしく弱くなってしまうだろう。 風の前の一本の葦のように。それが怖かった。 空き缶をすすぎ終わり資源ゴミとしてまとめると、お湯が沸くまで手持ちぶさたになってしまった。 夜風の冷たさが肌に心地いい。ふわふわと風に身体を撫でさせながら、ぼんやりと月を 見上げていた。そんなときに頭に思い浮かぶのは、やはりこなたのことばかりで。 ――私は、数時間前のあいつを思い出していた。 「誕生日おめでとう!」 そういってこなたがさしだしたのは、包装紙とリボンに包まれた、高さ20センチほどの箱が 二つ。片方は立方体に近く、もう片方は直方体だった。 「わあ、なんだろう~?」 「おお、あんたにしては期待できそうなプレゼントじゃない」 「こっちがかがみ用で、こっちがつかさ用。開けてみてよー」 いかにも“誕生日プレゼントです”と主張するようなその鮮やかなラッピングをみて、急に 胸がどきどきしてきた。 また去年の団長腕章のようにネタに走ってくると思っていたけれど、思いのほかしっかりした プレゼントで、なぜだかそれが凄く嬉しかった。 値段の高低や中身の問題ではない。ただその綺麗なラッピングが、これが私に対する誕生日 プレゼントであり、こなたが私のために選んで買ってくれたものだと主張するようだったからだ。 逸る気持ちを抑えながら丁寧に包装を外すと、中からでてきたのは果たしてアニメDVDの セットだった。単色のブックケースには、気弱そうな微笑みを浮かべたツインテールの少女が 描かれている。 「わ、マリみてだ!」 そこにあったのは、テレビアニメ『マリア様がみてる』ファーストシーズンのDVD全7巻コレクターズ エディションなのだった。 「あー、ケロロー!」 その声にふりむけば、つかさの方は『ケロロ軍曹』の、これもファーストシーズン全13巻ボックス。 これはなんだろう。 嬉しいけれど、素直に喜んでは負けな気がする。かといって心の籠もったプレゼントであるのは 確かなので、無碍にすることもできない。迷ったあげくそんな気持ちをそのまま伝えたら、 こなたはニヤニヤしながら私に云った。 「ぷくく、プレゼント開いてからどう反応しようか考え込んでるかがみの顔が超面白かったから、 わたしは満足だよ。あれを見られただけで贈った甲斐があるってもんだー」 「え、嘘っ! 私百面相してた!?」 「ぬおっ! そうくるかっ!」 「なんだよ、乗れよ! 私が馬鹿みたいだろ!」 “百面相”というのは、『マリア様がみてる』の主人公福沢祐巳が、思ってることがすぐに顔に出る という特徴を指して云う言葉なのだった。 サービスというわけでもないけれど、せっかくこなたに合わせてオタクネタを振ってみたのに そんな反応で、少しがっくりした。 それにしても。 「つかさ、前ケロロの一年目見てないっていってたでしょ? だからどうかなって」 「うん、嬉しいよ、ありがと~」 「でも、つかさはともかく、私マリみて読んでるなんていったっけか?」 さきほどから疑問に思っていたことを口にすると、こなたはニヤリと笑って本棚のほうに 顔を向けた。 そこには書店でつけてもらったカバーがかかったままの文庫本が、綺麗に30冊ほど並んでいる。 「う……確かにあれマリみてだけど……。よくわかったな」 「ま、ねー。やっぱさ、人が読んでる本って気になるじゃん? かがみが読んでるところ後ろ から覗いたとき、挿絵がマリみてだったからね。それに、かがみん家くる度にあの本棚の本、 順調に増えてくしさ」 別に隠していたわけではないのだけれど。 なんとなく云いたくなかったのだ。『マリア様がみてる』に興味を持つに至った心情を見透かされ そうに思えたから。 こなたに恋をしていることに気づいてから、私はその手の本をよく読むようになった。 レズビアンの告白本、吉屋信子の少女小説、同性愛を生物学的に考察した学術書、 性同一性障害に関する研究書、嶽本野ばらのエッセイ、クィア理論と絡めてフェミニズムを アジテートする政治的な本、はてはレスボス島に住んだことで“レスビアン”の語源になった、 閨秀詩人サッフォーの叙情詩まで。 色々な本を読んでわかったことは、自分が両性愛者であること、そしてそういった人々は ――少数ではあるけれど――社会学的、生物学的にみて決して特殊な存在ではないということだ。 それだけでも随分生きやすくなった。 なんというか、私がこんなに日々苦しくて後ろめたく思い、まるで自分が犯罪者であるかの ように感じてしまうのは、原罪だとか、異常者だとか、神の摂理に反しているとか、そういう 先天的な原因によるものではないということがわかったから。 だからといって、一足飛びに全て社会が悪いと結論づけることもまた間違っているとは思う けれど。少なくとも私は、同性を好きになったことで自分を責める日々からは解放された。 けれどどんな本を読んでもわからないことがある。 どうして私がこなたのことを好きなのか。 電車の中で、駅前で、出かけた街中で、すれ違っていく沢山の人々。 男もいれば女もいる。お年寄りも、少しだけ年上の大人も、同年代も年下も。 どうしてこんなに人がいるなかで、私はこなたでなければいけないのだろう。 あの目が、あの口が、あの声が、あの手が、あの髪が。 目の前でキラキラと煌めく度に、私の心は張り裂けそうになる。 胸をかきむしって大声で叫びたくなる。 触れたくて、抱きしめたくて、抱きしめて欲しくて。 この感情は一体なんなのだろう。 性欲が、近しい遺伝子型を残すために用意された生命の策略なら、こなたに感じるこの 思いは一体なんのためにあるのか。 それだけは、いくら考えてもわからなかった。 お盆を持って部屋に入ると、みゆきが大あくびをしているところに出くわした。 慌てて口元に手をあててかみ殺そうとするけれど、出てしまったあくびを止めることも できず、頬を染めてあたふたとしていた。そんなみゆきが可笑しくて、持っていた紅茶を こぼしそうになる。 「……お、お恥ずかしい限りで……」 目元に涙を浮かべて小さく呟くみゆきのことを、凄く可愛いと思った。 「あははっ、今のは本当に恥ずかしかったわよねー」 変に気まずくならないように、明るく笑い飛ばして云うと、みゆきはますます縮こまって しまうのだった。 淹れてきた紅茶は褒めてもらえた。 「プリンスオブウェールズですね。私、大好きなんです。凄く丁寧に淹れて下さってますね」 銘柄を当てられてしまったことには驚いたけれど、お嬢様というものはそういうものなの かもしれない。そういえばこなたが『マリア様がみてる』に嵌って物まねしていたときも、 みゆきだけは素で対応していたな。 そうか、あれはもう一年近く前のことなんだ。 あの頃私はただみんなといることが楽しくて、無邪気に日々を過ごしていたんだっけ。 去年の夏、みんなで海にいったときも、どうしてこんなにどきどきするのだろうと思っていた。 私はそんな自分にとまどって、でもみんなが普通にしていることがなんだか悔しくて、少しだけ 不機嫌だった。お風呂に入ったときもみんなの裸を意識してしまって、ずっと仏頂面をしていた。 全部ナンパのせいにして。 それで自分の心にも説明がついた気になっていたのだから、呆れるというかほほえましいと いうか。 思えばあの頃から、随分遠くまできてしまったきがする。 もう永遠にあの夏には戻れない。 いなくなってしまったあの頃の自分のことを、懐かしく思いだしていた。 ふと我にかえってみゆきの方を眺めると、参考書をひらきながらうつらうつらとしていた。 「……みゆき、もしかしてもう眠い?」 私が訊ねると、みゆきははっと頭を起こして慌てて云う。 「……あ。え、ええ、実は少し……」 時計をみると、もう十一時になっていた。 「そっか、みゆき、普段十一時に寝てるんだっけ」 「ええ、お恥ずかしいことですけれど、もう習慣になってしまっておりまして、十一時になると 急に眠気が襲ってくるのです」 「まあ、規則正しい生活ってのは大切だと思うけどね。ってか、よくそれで今の成績維持 できるなぁ……」 皮肉というわけでもないのだけれど。いつも遅くまで勉強をしている自分としては、基本 スペックの違いに文句の一つもつけてみたくなったのだ。 けれど返ってきた返事はまるで予想もしていなかったもので。 「ええ、ですから、私の学力もこれから先あまり伸びないもの、と……」 そう云って、なぜか寂しそうにニコリと笑った。 私は、返事に窮して黙り込んでしまった。みゆきはそんな私をみると、困ったような顔を して言葉を続けた。 「実は、私の今の成績は、中学生時代の遺産が大きいのですよ」 「……えっと、それはつまり、中学生のころから高校の勉強をしてたってこと?」 「……そういうことになりますけれど。どちらかと云いますと、陵桜に入ってから余り勉強 時間が取れていないことの方が問題なのだと思います」 「ああ、確かにね。通学に片道一時間半かかれば、そりゃ勉強時間もなくなるかー」 私がそう云うと、みゆきは“駅までとバスの待ち時間なども含めますと、二時間は掛かり ますね”と訂正してから、こう云った。 「それに、勉強をしているよりも一緒にいるのが楽しい、そんな友達ができましたから」 それは全くの不意打ちだった。 ふわりと笑う友人を前にして、私は何も云えず、ただ顔を赤らめることしかできなかった。 「あら、うふふ、可愛らしい反応ですね。なんだか泉さんの気持ちがわかった気がします」 そう云ってペロリと舌を出すみゆきを見たとき、急に呪縛が解けたように再びものを考える ことができるようになった。 「……な、なによあんたまで……。みゆきもなんだかこなたに染められてきたわね」 「うふふ、そうかもしれませんね。かがみさんみたいな方のことを“ツンデレ”と呼ぶの ですよね?」 「そ、そうだけどさ……なんかそれ、おばあちゃんが頑張って若者言葉云ってるみたいな 気恥ずかしさがあるから、やめれって」 「あら、私、おばあちゃんみたいですか」 「物知りで落ち着いてて揺らぎがないから、そんな雰囲気あるわね。……って、なんか ほんと今日のみゆきはいつもと違う感じするわよ?」 「えっと、なんだか眠くてですね、半分寝ぼけているのではないかと思います」 「そっか、寝ぼけてるのか」 「ええ、寝ぼけているのです。……ふふ」 そう云ってテーブルに腕を組んで頭を乗せたみゆきは、とろんとした半眼をしていて、 確かに眠そうな様子だった。 なんだか酷く調子が狂う。 その焦点の合っていない眼でけだるそうにみつめられると、なんだか全てを見透かされて しまうような気がする。今のみゆきは、どんなことを訊ねても即座に正解を導きだして くれそうな、まるで世界の秘密を何でも知っているかのような、そんな雰囲気を纏っていた。 「……私、中学生のとき、あまり友達がいませんでした」 唐突に漏れだしたそんな告白も、ならばきっと半分寝ぼけているせいで。 「……そうなんだ、勿体ないことするものよね」 「勿体ない?」 「みゆきの中学時代の同級生のことよ。あんたみたいな子と友達にならなかったなんて、 勿体ない」 「あら、ありがとうございます」 そう云ってふわんと笑うみゆきは、桜のように華やかで、同じようにはかなく見えた。 「子供は、自分と違う子には敏感なのですよね。公立の中学校でしたから、私みたいな子は なんだか目立つみたいで……」 それは、疎まれていたとか、いじめられていたとかとは違うのだろう。容姿端麗、博覧強記、 清廉潔白なお金持ちのお嬢様。公立の中学校においては、高嶺の花どころか、世界最高峰に そびえ立つ一本の桜のような、そんな存在だったに違いない。 望まずしてピラミッドの頂点に立ってしまったものは、どうすればいいのだろう。左右を 見渡してもただ空ばかりがあって、並いる人はみな足下にいる。それでは誰とも歩めない。 誰とも手を繋げない。 「だから、学校が終わって家に帰っても、することがありませんでした。そんな無為を振り払う ように勉強をして、本を読んで、知識を蓄えて。それは楽しかったですし、後悔をしているわけでは ありませんけれど……」 「……それで、中学時代の遺産、ね」 「ええ」 組んだ腕に頭を乗せて、上目遣いで悪戯っぽく笑う。 「でも、気の置けないお友達と一緒にいることでこんなに嬉しい気分になるなんて、思いも しませんでした」 そんな親愛の情の告白も、二度目ともなれば顔を赤らめずに受け止めることができた。ちょっと つまらなそうな顔をしているみゆきを眺めながら、私はぽつりと呟いた。 「……私たちってさ、みんな不器用だよね……」 「……そうですね」 素直に愛情を表にだせなくて、はしゃぐことで何かを伝えようとするこなた。 いつでも周りの人に幸せでいて欲しいと思っているのに、気弱さから何も云えなくなるつかさ。 そして私も、みゆきも。 四人ともみんな不器用だ。 けれど私たちはこうして出会い、仲良くなることができた。それはきっと奇跡のように得難くて、 宝石のようにキラキラと輝く関係だ。 「……かがみさん、泉さんのこと、好きなんですよね?」 だから私は、みゆきがそう訊いたとき、ごく自然に答えてしまったのだ。 「うん。大好き」と。 ――私たちは、どこへ行くのだろう。 雪解け水を孕んだ春の川のように急峻な、時の流れに翻弄されて。 全身を飲み込まれて、上も下もわからず、突き出した腕は何も掴めずに空を切る。 その伸ばした腕の先で、一輪の花が揺れていた。 窓枠で、マーガレットが揺れていた。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 『4seasons』 夏/窓枠の花(第三話)へ続く コメントフォーム 名前 コメント なんだか、みゆきが諸葛亮 孔明に思えてきました! -- チャムチロ (2012-08-14 13 21 30) 私的というか知的な内容ですな~。文学に詳しい様で尊敬します。 思いを秘めたまま季節が過ぎていく・・・冬から春に期待大! 追記:みゆきさんが輝いているの久々見れて嬉しいw -- 名無しさん (2008-04-12 05 14 01) すごい。上手いくて、それよりも凄さが上にくる。 -- 名無しさん (2008-01-07 20 47 13) 激しくgj -- 名無しさん (2008-01-05 23 21 45)
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SEASONS BASIC MEDIUM HARD Level 2 5 8 Objects - - - BPM - TIME - Artist DIV Version plus 動画 攻略 名前 コメント ※攻略の際は、文頭に[BASIC] [MEDIUM] [HARD] [SPECIAL] のいずれかを置くと、どの譜面に関する情報かが分かりやすいです。 コメント(感想など) 名前 コメント ↑攻略と無関係の曲に対するコメントはこちらでお願いします。あまりにもかけ離れた内容は削除される場合があります。
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【登録タグ 曖昧さ回避】 曖昧さ回避のためのページ TaKaの曲SEASONS/TaKa 修造の曲seasons/修造 曖昧さ回避について 曖昧さ回避は、同名のページが複数存在してしまう場合にのみ行います。同名のページは同時に存在できないため、当該名は「曖昧さ回避」という入口にして個々のページはページ名を少し変えて両立させることになります。 【既存のページ】は「ページ名の変更」で移動してください。曖昧さ回避を【既存のページ】に上書きするのはやめてください。「〇〇」という曲のページを「〇〇/作り手」等に移動する場合にコピペはしないでください。 曖昧さ回避作成時は「曖昧さ回避の追加の仕方」を参照してください。 曖昧さ回避依頼はこちら→修正依頼/曖昧さ回避追加依頼
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『4seasons』 秋/静かの海(第一話)より続く ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― §2 静かの海という言葉を最初に聞いたとき、“静か”が湛えられた海なのだと思った。 “静か”とは何かと問われたら困るけれど、そう思ってしまったのだから仕方がない。 言葉から受けるイメージなんて、どれも最初はそんな曖昧なものなんだと思う。 よくわからないけれど、なんだか白く濁ったもやのようなものが地平線まで満ちていて、 そこに落ちた人間は永遠に言葉を失ってしまう。そんな海を想像した。 それをお父さんに云ったら、笑いながら頭を撫でてくれた気がする。そんな記憶が どこかにあった。 その思い出は過去の朧気な情景の中にあって、少しでも意識のフレームを外してしまうと、 たちまち無意識の薄闇に沈んでしまう。そんな記憶だった。 それは。 玲瓏と月明かりのこぼれ落ちる、濡れたような夜のことだった。 「そうか、“静か”で満ちた海か。うん、面白い。それに近いと思うよ。でもちょっとだけ違うんだ」 あれは、どれくらい前のことだっただろうか。 たしか家の増築前だったはずだから、小学校低学年のころだろう。居間の縁側から眺めた 風景に、今お父さんたちの寝室になっている部屋はなかった。でも、いつも私とつかさに優しく してくれて、ずっと大好きだったおばあちゃんがいた覚えもない。だからたぶん、三年生くらいだ。 「あー、お姉ちゃんばっかずるいー。つかさも撫でてもらうのー」 ペタペタとまとわりついてくるつかさに、お父さんはにこにこと笑いながら云った。 「お父さんがかがみを褒めたのは、かがみが自分で考えて素敵なことを云ったからだよ。 つかさもなにか良いことを云ったら撫でてあげようね」 「え、あ、うーんとうーんと……。あ、お月様がずっとおんなじ顔をしてるのは、公転と自転が 一緒だからなんだよ?」 「……それって、さっきお父さんから教えてもらったことじゃん」 「あ、そ、そうだった」 ふにゃんと頬に手を当てて萎れるつかさに、お父さんが苦笑していたのを覚えている。 「仕方ないなー、ほら、わたしが撫で撫でしてあげる」 哀しそうにしているつかさを見ていられなくなって、私はつかさのそばに寄って頭を撫でたのだろう。 そうするとつかさは、途端に月よりもまん丸な笑顔を浮かべて「わーい、お姉ちゃん大好き」と 云ったはずだ。 そんなことは思い出すまでもなかった。あの頃私たちは、いつだってそうやって依存しあって いたから。 「ほら、かがみ、みてごらん」 縁側の天体望遠鏡を弄っていたお父さんが私を呼んだ。 場所を入れ替わってレンズを覗くと、灰色の月が大きく映っていた。 「そこが静かの海だよ」 円形の月の中心点からやや右上の辺り。一際濃い色をした染みのような影にピントが合っていた。 「ここが海なの?」 よくわからなかった。海と聞いて思い浮かぶイメージは、青い水の満ちた水たまりのような あれだったから。 水なんてないはずの月に海があるなんて信じられなかったし、ましてや静かの海といわれたら 余計にわからない。だから“静か”でたゆたう海などというものを想像してしまったのだけれど。 「そうだよ。海と云っても、僕たちが普段云う海とは違うんだ。隕石が衝突したりして、 玄武岩っていう黒い岩が露出している盆地を、海って呼んでいるだけなんだよ」 「じゃあ、水があるわけじゃないんだね」 「そうだよ。でもねかがみ、“静か”で満たされているのは本当だよ。月には大気がないから、 きっとその海はどんな音も飲み込んでしまうだろうね」 ――そう、アポロの接地音もね。 お父さんは、どこか遠い目をしてそう云った。 「アポロって?」 不思議そうな顔をして訊ねるつかさと私に、お父さんは教えてくれた。 それはとても昔の物語。私たちが生まれるずっと前のこと。 人がどれだけ偉大なことをなし得るか。人の営みがどれだけ輝いて夜空を照らし出すことができるか。 それを示した人たちのことを。 アポロ11号が静かの海に降り立つまでの物語。 ニール・アームストロング。マイケル・コリンズ。エドウィン・オルドリン。ユーリ・ガガーリン。 フォン・ブラウン。コンスタンチン・E・ツィオルコフスキー。 そしてライカ。あるいはクドリャフカ、ジュチュカ、リモンチク。犠牲にされたかわいそうな犬のこと。 そんな舌を噛みそうな名前たちも、お父さんの口から聞こえると、なぜだかよく知った人の名前 みたいに思えてくるのが不思議だった。 それはきっと、昔の友達のことを話すような、お父さんの優しい表情のせいだったのかもしれない。 つかさもちゃっかり確保したお父さんの膝の上で、目を丸くしてじっと聞き入っていた。 お月様に捧げられたススキがさわさわと揺れていた。鈴虫が思い出したように鳴く声が、 BGMのようにその場を満たしていたことを覚えている。 お父さんは、根っからの科学少年だった。当たり前だが私が知っているお父さんは、大人でかつ 人の親であるお父さんだけだ。だからお父さんの実際の少年時代のことは聞いた話でしかないし、 自分の父親に対して少年というのもおかしな話ではあるけれど。 でも、難しい科学理論を楽しそうに話し、鉱石ラジオとか真空管アンプとかを嬉しそうに組み立てる お父さんは、少年のようにきらきらと瞳を輝かせるのだった。そんな人を大きくなった科学少年と 形容しても、きっと許されることだろう。 科学好きなお父さんだったけれど、がちがちに凝り固まった合理主義者というわけでもなかった。 それは、神社の一人娘だったお母さんと結婚する際、自ら神学校に通って神主の資格をとった ことからもよくわかる。 何よりも人の心を大切にする人だった。 科学の言葉で、夢を語る人だった。 お父さんから、沢山の星の名前を教わった。遠いところにあるもの、近いところにあるもの。 光の等級や、スペクトル分析から導き出された元素組成。古来から人がその星に何をみて きたのか、その願いや神話の話。位置が定まらない曖昧な素粒子や、それが導き出す 可能性の世界。そして、人はどうあるべきかとか、人はどうするべきかとか、そんな話も。 そんなことを真摯に子供と語れる人なのだ。 私は、そんなお父さんから理知的で真面目な性格を受け継いだ。 そしてつかさは、そのロマンティックでおおらかな性格を受け継いだのだろう。 今隣にある顔は、あの頃と比べると皺も増え、少し白髪も交じるようになっている。でも その瞳の輝きはあのころと少しも変わらない。こんなにも複雑で先の見えない世界に対して、 あくまでも誠実に向き合ってきた。そんな正しさに支えられて、その眼差しはどこまでも 優しかった。 縁側に作った小さな祭壇にお団子とススキを捧げて、ぱんぱんと短拍手を打つ。 お月様も柏手でいいのかなとお母さんに聞いてみたら、「八百万だからご一緒よ」という 返事だった。 あのころお団子を作っていたのはお母さんだったけれど、今ではもうつかさの役割だ。 縁側に並んで腰掛けたお父さんと私、居間のテーブルにもたれかかったつかさと、その 正面でお祓い済みのお守りを袋につめているお母さん。中天にかかる満月は銀色の光を 地上になげかけていて、電灯も消した夜は少し青みがかって沈んでいる。リーリーと鳴く 鈴虫の音色は、昔も今も変わらない。 今年の中秋の名月は、十月もしばらく過ぎた頃だった。 「あんたたち、本当お月見好きだよねー」 台所から、まつりお姉ちゃんが声をかけてきた。縁側からはみえないけれど、ごそごそと 冷蔵庫をあさっているようだった。 「お姉ちゃんもどう? 楽しいよー」 にこにこと笑いながら、つかさが答えた。 「楽しいわけあるか。あれかなぁ。やっぱ七夕生まれだからかな? あんたたちが夜空 好きなのって」 ああ、そうかもしれない。たしかに誕生日と七夕を一緒に祝われる私たちにとって、見上げる 夜空はお馴染みのものだった。つかさと二人でいるとき、晴れた夜にはよく空を見上げては 星の名前を呼び合ったものだ。 そういえば――こなたの家に初めて泊まりにいったとき。 あの夜にも、流れ星をみつけたのはつかさだったっけ。あのときつかさはお祈りを三回 唱えようとして必死だった。私は、どうしたっけ。ああ、そうだ。 ”流れ星が消えるまでにお祈り三回唱えるなんて現実的に無理”そんなことを云って こなたに呆れられたんだ。 こなた。 懐かしいな、無邪気だったあのころ。初めてこなたの家にいって、子供のころから こなたが過ごしてきたという部屋をみて、私は胸が一杯になっていた。柱の小さな傷も、 カーペットの染みも、壁紙に残ったセロハンテープの跡も、その全てがこなたの人生を語って いるように感じられた。 「どうだ、二人とも。ちゃんと勉強は進んでいるかい?」 「うん、大丈夫。ちゃんと計画的にやってるわよ。つかさもね」 そう云って笑いかけると、つかさも笑いながらうなずいた。 「そうかそうか。かがみはいつも一人で抱え込んで頑張りすぎるから、少し心配していたよ。 でも、その分なら大丈夫そうだな」 「……う、読まれてるかも」 「つかさも。最近はすごくしっかりしてきたね」 「そうよ。最近私が起こさなくても一人で起きられるようになったのよ」 お母さんが云う。 「えへへ」 「ってつかさ? それ高校生が褒められて照れるようなことじゃないからな」 「はうっ」 固まったつかさを見て、みんなで笑った。 四人で色々なことを話した。学校のこと。進路のこと。最近のニュースのこと。哀しかったこと。 楽しかったこと。昔の思い出。少しだけ未来の話。そんな色々な由無しごと。 普段云えないようなことでも、自然に話し合うことができた。 月をみているから話せることもあるのだ。 お互いの顔をみていないから。月に語りかけるように話すことで、やっと伝えられることがある。 家族ではあっても、気軽には触れられない部分もあるから。 どれだけ親しくても、話せないことはあるから。 ――たとえば、私の恋のこと。 それを告げたら、この人たちはどう思うだろう。 時々考えてきたことだった。 私は同性愛者というわけじゃないから、それを隠して生きていくことは可能だと思う。 けれど家族に対して自分のセクシャリティを隠し続けることに、私はずっと良心の呵責を 感じていた。性自認とか性的指向だとか、なんていうか、プロフィールの性別欄に記入が 必要なほど根本的な属性を隠したまま家族でいることが、すこしだけ後ろめたかった。 いつか、話さないといけないのだと思う。 お父さんはきっと、少し驚いて、それからちょっと考えて。それで多分「そうか」とうなずいて 受け入れるだろう。 科学少年でかつSFファンという人種は、そういうものだ。 なんといっても、五千万年後の人類の生活様式だとか、惑星を満たす巨大な原形質生物と 人間とのコミュニケーションだとか、中性子星の表面で発展してきた生命の文明史だとか、 そんなことばかり考えてきた人種だ。多少のセクシャリティの混乱など、なにほどのものでも ないだろう。 けれどお母さんは違う。 これで存外に古式ゆかしい人だから。 柏手をうちながらお札をお守りに入れていく、お母さんを盗み見る。 きっと、自分の育て方が悪かったなどと思うに違いない。私がつかさとべったりひっついたまま 育っていったせいだとか。お父さんが難しいことを教え込んだりしたからだとか。 つきあってきた友達のせいだとか。男に愛想をつかすようなことをされたことがあったのかとか。 そんなはずもないのに。同性愛指向は変態性欲でもなければフェティッシュでもなく、 環境によらない生まれつきのセクシャリティなのだから。 それを説明するのはやはり気が重い。納得してくれるかどうか、まるで自信がない。 それでも、いつか話さないといけないだろう。それがずっと育ててきてくれた親への礼儀だと 思うから。 ふと会話がとぎれたところで、自然とみんなが月を見上げた。 大きくて丸い月が、ただ浮いている。 なんの意味もなく、理由も目的もなく、ただそこにあるということ。その事実が、なぜか 少しだけ怖かった。夜空は晴れ渡っていて、肉眼でも静かの海がよくみえる。 「38万4,400km、だったっけ?」 ぽつりと呟いた言葉に、お父さんがうなずいた。 38万4,400km、地球と月の平均距離。 その何もない距離を渡ったアポロの乗組員たちは、何を思っていただろう。 ただなにもない無の世界。 上下もなく左右もなく、その全てが真空の暗闇で、遙か遠くに月光と地球光だけが浮かんでいる。 無限とも思えるその間隙を、どうして渡ることができただろう。 こなたのことを考えている。 こなたと私の間に広がる、真空の間隙のことを考えている。 私たちは、きっと、地球と月のようなものなのだと思う。互いに重力を及ぼしあうけれど、 決して一つになることはできない。 互いに一番大事な人だけれど、夜空に一番大きく浮かぶけれど、決して行き来することは できない。 ただお互いの周りをくるくると周り、慎重に裏側をかくして、同じ顔を見せ続けている。 その間隙を飛び越えるには、きっと私の心にもアポロが必要なのだ。失敗しても挫けず、 焦らず、何度でも挑戦して。全人類の夢を背負って。フロンティアに思いを馳せて。 そうしていつか遠い天体と私を繋ぐ、そんなアポロ。 でも、そんなことは不可能だ。 38万4,400km。まるで実感の沸かないその数値に、少しだけ眩暈がした。 リーリーと、BGMのように鈴虫が鳴いていた。 §3 十月も過ぎ、十一月にもなれば、もはや冬の跫音はすぐそこまで聞こえてきている。 私は、八ヶ月ぶりにスクールコートをクローゼットから出した。 クリーニング店の札を外しながら、ああ、このコートを着るのもこれが最後なんだなと、 少しだけ感傷的な気持ちになった。 最後に夏服を脱いだときも同じような気持ちになったけれど、きっとこの先何をするにも “高校生活最後の”という言葉がつきまとっていくのだろう。 慌ただしかった二学期ももう半ばを過ぎて、受験、そして卒業という言葉が、実感をもって せまってくるこの頃だった。 思えば二学期は本当にイベントごとの目白押しだった。 体育祭に修学旅行、それに文化祭。受験というこれまでの人生の山場を迎える時期に、 どうしてこうも学校行事が続くのか。修学旅行なんて、二年生のときにすませておけば よかったのに。理事長だか校長だか知らないけれど、そんなカリキュラムを組んだ誰かを 心の中で罵った。 でも、楽しかった。 それだけは確かだった。 体育祭では僅差でB組に勝った。こなたとどっちが勝つかで賭けをして、見事に勝った私は、 一週間三つ編みで過ごすこなたを眺めて楽しんだ。 修学旅行ではこなたにつきあわされてアニメスタジオに行ったし、変な男に勘違いさせられて 呆然としたりもした。 あのときは本当に脱力する思いだった。 夜にホテルの前でという呼び出しの手紙をみつけた私は、てっきり男子から告白されるのだと 思い込み、一人でずっと思い悩んでいたのだ。 云うに云えない恋の辛さは、心からわかっていたから。 もしどこかの男が私に対して私と同じような想いを抱いているのだとしたら、その想いに 一体どうやって答えればいいのだろう。夜も眠れずに七転八倒し、隣に恋する人がいないことに 理不尽なほど腹を立て、自分が隠しているくせに、それに気づきもしない相手を逆恨みすらして。 私の中で吹き荒れた感情の嵐は、最終的に“男とつきあえばこなたのことを忘れられるかも” なんていう馬鹿げた所までいきついていたのに。 その結末といったら――もはや思い出したくもない。 文化祭ではチアダンスを踊った。 ずっとこなたとクラスが別れていた私にとって、あの経験は何物にも換えがたい宝物になった。 こなたと一緒に行動して。こなたと一緒に何かを積み上げて。最初はできなかったことも、 話し合って、練習して、少しずつできるようになっていって。それは本当に楽しくて、 身体だけではなく心も一緒に踊りだしていた。 そうして、それが楽しかった分だけ、つかさやみゆきはずっとこなたとこういうことが できたのだと思って、少しだけ嫉妬した。私はそんな自分を恥じたけれど、きっと二人とも 私が嫉妬していることに気づいていただろう。そして私がそれを恥じていることも十分 わかっていて、それを私がわかっていることもわかっている。 だから私は開き直って笑った。そんな自分も丸ごと受け入れて楽しんだ。 全部、大切な思い出としてこの胸に刻み込もう。 悩んだことも辛かったことも楽しかったことも。 この先何がおきて、わたしたちがどうなったとしても、決して忘れないように。今まで 生きてきた道を、決して見失わないように。 スクールコートに袖を通しながら、そんなことを思った。 久しぶりに着たコートからは、少しだけクリーニング屋の匂いがした。 つかさの部屋からドアを開ける音がしたので、私も一緒に部屋を出る。別に示し合わせた わけじゃないけれど、つかさも私と同じようにコートを着ていた。 「あ、やっぱりお姉ちゃんも」 嬉しそうに顔をほころばせている。 「あんたもか。そろそろ制服だけじゃ寒いよね……って、こらつかさ」 「ふぇ?」 階段を降りようとしていたつかさに声をかけて立ち止まらせる。突っ立っていたつかさの 背中に回り込んで、首筋に手を伸ばした。 「もう、クリーニング屋の名札、つけっぱなしじゃないの」 「あう、や、やっちゃうとこだったよう……。お姉ちゃんありがとう」 「まったく」 しっかりしてきたように見えて、まだ時々抜けているつかさなのだった。 いつもの待ち合わせ場所では、先に来ていたみゆきが私たちを待っていた。おはようと 挨拶を交わして、つかさがみゆきの格好に眼を止める。 「ゆきちゃんも今日からコートだねー」 「ええ。お二人とご一緒ですね」 「こうなると、こなたのやつも一緒に着てくるか楽しみよね。あいつのことだから、寒い と思っても面倒臭がってひっぱり出そうとしないかもなー」 「ふふ、そうですね。この間も着替えが面倒くさいからと、家からずっと制服の下に体操着を 着っぱなしだったそうです」 「あー、あったあったー。なんか満更じゃなかったみたいで、もうずっとこうしよっかな、 とか云ってたよ」 「年頃の女の子としてありえんな……」 そんな風にこなたを肴にして盛り上がっていたところで、後ろからくしゅんと可愛い声がした。 ふりむくと、いつのまにかきていたこなたが、鼻をこすりながらにらみつけていた。その隣で、 ゆたかちゃんが困ったように笑っている。 「あー、君たち、人がいないところで何を盛り上がってるかな?」 くしゃみはしていたけれど。 しっかりとスクールコートを着ていたから、寒くはないはずだった。 「ふむ、今日のお弁当当番はつかさか」 「うっさいな、ってか見た瞬間見破るなよ」 「いやいや、私だってわかるぜ。かがみのときは、もっとこうごちゃーってしてんもんな」 「あんたは毎日あやのに作ってもらってるくせに、偉そうなこというな!」 「あー、あやちゃんたち、タコさんウィンナー」 「うふふ、みさちゃん、ウィンナーがタコさんじゃないといつも一瞬がっかりするんだもん」 「あ、あやのぉ……そんなことばらすなよぉ……」 「あら、あやのさんたちもこなたさんも、今日は付け合わせがポテトサラダですね」 「おお、みゆきもだー。これはあれだね、ポテトサラダ三連星だね」 「意味がわからんわ」 「ポテトを踏み台にした!?」 「しねーよ」 やかましいことこの上ない。 最近のお昼はいつもこんな風だった。文化祭以降みんなが打ち解けてきたこともあるし、 私がもっとみさおたちに歩み寄ろうと働きかけたこともある。気がついたらお昼もみんなで 一緒に食べるようになっていたのだ。 いざ仲良くなってみれば、みんなまるで以前からそうであったようにぴったりと馴染んだ。 みさおとこなたはノリが合うのか、ぽんぽんと賑やかに、男の子みたいな言葉の応酬を していることが多かった。みゆきとつかさはあやのとほんわかトライアングルを形成して、 周囲に癒しのオーラを投げかけていた。 どうして今までこうしなかったのだろう。 私とみさおだけを置き去りにして、ポテトサラダの味付けの話で盛り上がっている四人を みながらそう思う。 みさおやあやのが、私ともっと距離を縮めたいと思っていることは、半ば気がついていた はずだった。それを知っていて、どうして私はこなたの所にばかり入り浸っていられたのだろう。 五年連続で同じクラスという、ほとんどあり得ないほど強い縁がある二人を放っておいて。 きっと私は、ずっとこなたに捕らわれていたのだと思う。 あの日、桜の樹の下でこなたに会ってから。あの時から私はずっと、桜吹雪の下の異境を 彷徨っていたのだ。 一目みたときから気になって、一言話しただけで頭から離れなくなって、自分が受けた 不思議な感情に戸惑って、そんな思いを私に抱かせた女の子を、もっともっと知りたくて。 だから私は周りがみえないほどこなたにのめりこんでいったのだろう。そう、あの夏が くるまでは。 春にこなたが好きだと気がついて、夏に覚悟を決めた。そうして私は初めて周りに眼を 向けることができたのだ。 どれだけ好きでも、世界は二人だけで完結しているわけじゃない。 お互いがお互いの周りを回っているだけにみえる地球と月だって、一緒に太陽という より大きな物の周りを回っている。火星も、金星も、水星も、木星だってある。その全てが お互いに重力を及ぼし合って、そうして一つの系を作り上げている。 一人の人を好きになるということは、その人に繋がる全ての人も受け入れることで、 その人が生きてきた人生も全て受け入れることなのだと思う。 そう思うことができたから、あの夏も無駄ではなかった。 渦中にあるときは辛くてきつくて、逃げ出したくなったけれど。 そう思うことができたから、あの夏も必要な夏だったのだ。 ふと眼があったみゆきが、ふわりと笑った。 それがなんだか、考えていること全てを見透かされているようで。 かなわないなと、心から思った。 ※ ※ ※ そんな風に十一月も日一日とすぎていく。受験勉強もいよいよ佳境となり、クラスの雰囲気も 少しずつ張り詰めていき、寒さも本格的になり始めたころ。 こなたから掛かってきた電話に何気なく出た私は、続く言葉に驚きの声を上げた。 「かがみ。週末なんだけど……海を見たくはないかい?」 「――は?」 余りにも唐突なその言葉に、私は静かの海のことを思い出していた。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 『4seasons』 秋/静かの海(第三話)へ続く コメントフォーム 名前 コメント 作者は博識だな… 地学知識とか世界史知識とか見え隠れしてニヤニヤしてしまう -- 名無しさん (2008-08-13 01 15 40) オリジナルの設定があまりにも自然なのでついついこんなのあったっけ? と公式を探してしまいます。…すごいっ! -- 名無しさん (2008-04-08 01 00 20) 本当にきれいな文章ですね -- 名無しさん (2008-02-19 22 38 20) もう凄過ぎて言葉になりません。 続編を楽しみに待ってます。 -- 名無しさん (2008-02-19 20 46 45) この安定したクオリティの高さ、繊細な文章、読者を惹きつける場面展開、最高です!!! 続編おまちしております。 -- 名無しさん (2008-02-18 08 28 38) あなたの作品は続きが速く見たくて困るww 俺的この保管所ナンバーワンだ! これはもう揺るがない。 -- 名無しさん (2008-02-18 00 03 34) 有難うございます。なんというか、有難うございます。 -- 名無しさん (2008-02-17 23 38 14) イヤッホォォオウ! 叫ばずにはいられない! やっぱ一番綺麗な文章だ、うん。 -- 名無しさん (2008-02-17 15 04 05)
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『4seasons』 秋/静かの海(第三話)より続く ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― §6 「親父、まだ漁に出てるんだって。身体は大丈夫なのか?」 「ああ。なに、海じゃ七十くらいじゃまだまだ現役だ。お前みたいな町のもんと一緒にするな」 くにおさんは、そうじろうさんの問いかけを鼻で笑って、ぐいっとお酒をあおった。 「危ないから止めてって、云ってはいるんだけどね」 なつこさんが、お酌をしながら苦笑する。 「はっ! 嫁にそんな心配されるほど俺はもうろくしてないぞ。大体うちの息子どもは揃って 銀行員だとか小説家だとか軟派な職業に就きおってからに。だから船を譲って引退することも できんのじゃないか!」 タン、と少し強めに湯飲みをテーブルにおいて、そうじろうさんとそうたろうさん、息子二人を にらみつけた。 くにおさんは、人の良さそうな見た目に反して、意外なほど男気溢れる人だった。地方の 旧家には、きっとこういう昔ながらの家父長めいた人が今も沢山いるのかもしれない。 場の雰囲気は全体的に和やかな様子だったから、これも一種の愛情表現で、殊更に激昂 しているわけではないのだろう。 私たちがいるのは、畳敷きの二間続きの部屋だった。 普段はふすまを閉めて別の部屋として使っているのだろうけれど、今は開け放されて、 そこに大きなテーブルが置かれている。 お刺身やたたき、酒蒸ししたあわびの肝醤油和えや、細かく切って三つ葉や椎茸と一緒に 詰め直したさざえの壺焼きなど、海の幸が豊富な食卓だった。 大人達はさっそくお酒を酌み交わしていて、私はそうじろうさんの隣で借りてきた猫みたいに ちょこんと座り、話について行こうと必死だった。 ――そして肝心のこなたはというと。 軽く食べ終わったあと、板張りの廊下で白熱電球のオレンジ色の灯りを浴びながら、私を 放ってすぐる君とひたすらモンスターハンターにいそしんでいるのだった。 こんなところまで連れてきた張本人のくせに、私を完全に放置。 こなたがそういう奴だというのはわかっていたけれど。わかっていて惚れた私が悪いの だけれど、でもちょっとだけ泣きそうだった。 「まあ、兄貴はともかく、俺は反論のしようもないからな。小説家なんて、やくざな商売だよ」 「何を云うかなこいつは。この町で、僕のことは知らなくとも、お前のことを知っている人は 多いよ。三島賞作家様」 微笑むそうたろうさんの言葉に、苦虫をかみつぶしたような表情をするそうじろうさんだった。 「うへぇ、やめてくれよ兄貴、あれはそんな賞じゃないぞ。だいたい作家っていうだけで 皆何か期待するけど、俺はただぐちゃぐちゃ絵空事を書いてるだけだからな。昔の、知識人と 一体になった文豪のイメージで見られると、いたたまれないよ俺」 「大丈夫だよ、お父さん! お父さんのこと知ってる私の友達は、みんな小説家にそんな まともなイメージもってないから~」 「そうよね、確かにそうじろうさんを見てると、やくざな商売っていうのもわかる気がするわ、 って何を云わせるんだ何を!」 思わず突っ込んでから、しまったと思った。 やっとこなたが話に入ってくれて、それが明らかに私に振った言葉だったから、つい いつも通りに突っ込んでしまったのだけれど。 場の空気を無視するにもほどがある。 こなたの親族に少しでもいい印象を与えたいという私の努力は、ことごとく空回りして いくのだった。 幸い、場は爆笑に包まれたのだけれど。それはそれで忸怩たるものがあるのだった。 顔が熱くなっていくのを感じながらこなたの方を眺めると、いつもの猫口になって ニヤニヤしていた。それが憎たらしくて、小さく拳を握ってこづく振りをすると、ぺろりと 舌を出した。 「お姉ちゃん、クエスト出発するよー」 「あ、ごめんごめん」 すぐる君の言葉に、慌ててPSPに視線を落とすこなただった。 ちらり、と。 すぐる君が私を上目遣いでみる。 視線が合ったら慌てて目をそらしたけれど、なんだか余り良い感情をもたれていない ように感じた。 なんだろう。特に何か会話を交わしたわけでもないのに。最初は照れているのかなと 思ったけれど、どうもそういう様子でもなく、なんだかよくわからなかった。あの年頃の 男の子のことなんて何も知らないから、なんとも判断のしようがないのだ。 それにくらべたら、ゆみちゃんは凄くわかりやすい。 最初はこなたたちと一緒にモンスターハンターをやっていたのだけれど、「おまえすぐ 死ぬんだもん」というすぐる君の身も蓋もない発言によって追い出されてしまい、いまは そうたろうさんにべたべたとひっついている。 その甘え方とへその曲げ方は、幼い頃のつかさのようだった。 ふと、見つめている私と目があって、ゆみちゃんはちょっとだけ照れくさそうな顔をした。 そこで私は隔意をもたれないように、とっておきの笑顔を浮かべて話しかける。 「ね、そのリボン、凄く可愛いね。お母さんに結んでもらったの?」 「……あ。えと、これは自分で……」 少し頬を染めてもじもじと頭をなでつけるゆみちゃんだった。 「わあ、凄いじゃない。私なんて、ゆみちゃんくらいの時は毎日お母さんに結んでもらってたよ?」 「え、えへへ……。でも本当は三つ編みが好きなの。それは自分一人じゃできないから、 お母さんにやってもらうんだけど」 「あ、それじゃ私編んであげようか?」 「え、ほんとー? わーい」 ゆみちゃんは、とてとてと歩いてきて私の前にちょこんと座った。 どことなくこなたの髪質に似ていると思った。癖はなくてさらさらとしているけれど、 触ってみると強さも併せ持っている。そんな、こなたみたいな髪質だった。 ゆみちゃんが楽しそうに身体を揺すっているから、私もそれがなんだか嬉しくって、 一緒にうきうきしながら髪の毛を編み込んでいった。 そんな私たちを、なつこさんはにこにこしながら見つめていて、目が合うとウィンクして 笑いかけてくれる。 少しだけ名誉挽回できたかなと思う。 将を射んと欲すればまず馬を射よ、なんて。昔の人は良い諺を作ったと思う。 馬も将も手に入って、一石二鳥で幸せなのだった。 こなたの方をみると、なんだか今にもとろけそうな顔でこちらを眺めていた。 いいからあんたはゲームにでも集中してろよ。 そんな思いを込めてぷいと視線を逸らす。 そのときPSPからなにやら陰惨な音楽が流れてきた。それと同時にこなたの「あー! ちんだー!」という叫び声と、すぐる君の「何やってんの姉ちゃん。そんな攻撃当たるなよぉ」 という呆れ声。 いい気味だ。心の中でニシシと笑った。 大人たちの会話を聞くともなしに聞いていた。 そうじろうさんのお父さん、くにおさんは漁師をしていて、お兄さんのそうたろうさんは銀行に 勤めているらしい。すぐる君は十一歳の五年生で、ゆみちゃんは八歳の二年生。くにおさんの 奥さんだったしずえさんが亡くなってから、なつこさんが専業主婦としてこの家をきりもりして いるようだった。 時々、網元のお嬢さんという単語が、くにおさんの口から飛び出すことがある。誰のこと だろうと思っていたけれど、問いかけるようにそうじろうさんに顔を向けたら「かなたのことだよ」 と教えてくれた。 そうか、幼なじみなんだっけ。そんな基本的な情報を思い出す。 それにしても網元のお嬢さんとはまたなんと古式ゆかしい単語なのだろう。昔の庄屋と 小作農のような制度が、まだ地方の町では息づいているのだろうか。気にはなったけれど、 それは少し聞きづらかった。みゆきに聞けばきっとすぐさま答えてくれたのだろうけれど、 生憎ここには私一人しかいない。学校ではいつも一緒のみゆきもつかさも、あやのやみさおも いないのだ。 こなたも、すぐる君に連れられてどこか別の部屋に行ってしまった。 「WiiやろうよWii!」 そう云ってせがむすぐる君をこなたは断ることができず、引っ張られるままについていった。 わかっている、こなたはそういう奴なのだ。 ――自分を頼ってきてくれる人を、好意を寄せてくれる人を、近寄ってきてくれる人を、 邪険に扱うことができない。 自分のことにはどこまでもずぼらなのに、こと他人に対しては途端に細やかな配慮を してしまう、そんな奴だ。自分を慕ってくれる従兄弟の頼みを無碍に断ることができるような 子じゃない。 わかっていた。わかっていて惚れた私が悪いのだけれど、それは少しだけ寂しかった。 でも、去り際に私に心からすまなそうな顔をしてみせてくれただけで、惚れた弱みか、 そんなことでもすぐに許してしまえるのだ。 「それにしても、すぐる君、すっごくこなたになついてますよね」 ふと会話がとぎれたところで、気に掛かっていた話題を振ってみた。 「ああ、最近はこなたが来る度にべったりだ。なんだか俺にはわからん外国語でぺちゃくちゃ 話してるが、最近の若者のするこたあ、とんとわからんな」 くにおさんは首を傾げている。 「お父さんは僕やそうじろうがパソコン弄っていたときから同じこと云ってたじゃないか」 そう云ってそうたろうさんがカラカラと笑う。 「でも、かがみちゃんだって、随分ゆみちゃんになつかれてるだろう?」 そうじろうさんの言葉に、私の膝の上に乗っていたゆみちゃんが、少し恥ずかしそうにする。 「え、えへへ……。なんかかがみお姉ちゃんって、本当のお姉ちゃんみたいな気がするんだもん…」 「ふふ、よかったねゆみ、お姉ちゃんができて」 鼻の頭をちょこんと小突いて、なつこさんが云う。 「でもこの子結構人見知りするのよ。初対面の人にこんなになつくの、珍しいんだから」 「……あ、あー。その、私にも妹がいまして。ゆみちゃんって、その子のちっちゃいころに そっくりなんです」 「え。お姉ちゃん、妹いるんだー。いいなー。私もかがみお姉ちゃんの妹になりたい!」 「まあ、それもいいわね。でもゆみ、それって私の娘じゃなくなるってことよ?」 「……え。そ、それも困るぅー!」 あたふたと手を振るゆみちゃんをみて、私となつこさんは笑った。 そのなつこさんもくにおさんの所にいってしまって、私とゆみちゃんで取り残された感じになった。 大人達はなんだかいつのまにか真面目な話に突入しているようで、息を潜めて真剣な口調で 喋っていた。 「ねぇ、東京って、いいところ?」 腕のなか、私の顔を見上げてゆみちゃんが云う。 「うーん、どうかなぁ。賑やかで色々なものがあるわね」 「たんぼも畑も山もなくって、明るくて綺麗なところなんだよね?」 「そうねぇ。でもうるさくて人が沢山いて、危ないこともあるわよ。行ってみたいの?」 「うん。東京行きたい。ここ嫌い」 ゆみちゃんは、前を向いてきっぱりと云う。 「……そっか」 ここにも良いところは沢山あると思うけれど。潮の香りや穏やかな空気や、暖かい人たちや。 でもそんなものは多分、首都圏に住んでいる私たちのおごりなのかもしれないとも思う。 文明社会にいつでも戻れることを前提として、素朴な原始的社会を懐かしむような、そんな傲慢さ。 私は何も云えなくなってしまって、ゆみちゃんを抱きかかえて頭にこつんとあごを乗せた。 ふと視線を上にあげると、鴨居の欄干に飾ってある何葉かの写真が目についた。古色を帯びた 白黒写真で、それぞれちゃんと額に入れられている。写っているのは私が今までみたことがない 人たちばかりだった。 「ね、ゆみちゃん、あの人たちって誰かな?」 「あ、あれはね。えっと、一番左のがお祖母ちゃん。私は会ったことないんだけど……」 和装でにこやかに微笑む老婦人は、あまりこなたには似ていなかった。きっとあの子は 母方の血筋を強くひいているのだろう。こなたの部屋でみたかなたさんの写真は、本人と 間違えるほどよく似ていたから。 「その右は?」 「あれはね、お祖父ちゃんのお父さんとお母さん。戦争に行く前に撮ったんだって。でも お父さんは帰ってこなかったってお祖父ちゃんは云ってた」 軍服姿できりりと正面を見つめる男の人は、そうじろうさんによく似ていた。隣で貞淑そうに 微笑むモンペ姿の女性のその後の生涯は、どういうものだったのだろう。 「その右はね……うーんと、うーんと、わかんない」 古ぼけた銀塩写真は写像の輪郭もあやふやで、少しセピアがかった色味をしている。どこともしれぬ 鉄道の駅の前でフロックコート姿の紳士が佇んでいた。 誰だかわからない。でもきっとこなたに繋がる誰か。 そんな一連の写真をみて、今ここにこなたがいることの不思議さについて考えた。 こなたのお父さんにお母さん、そのお父さんにお母さん、そのまたお父さんにお母さん。 そしてそのもっと先の祖先。名も知らぬ誰か。 連綿と続いてきたその歴史の中で、誰か一人でも欠けたらこなたが産まれることはなかった。 明治を、大正を、そして戦争の中を、懸命に生きてきた誰かのおかげで、私はこなたと 出会うことができたのだ。 それがなんだか奇跡みたいに思えて、馬鹿みたいに私は涙ぐんでしまった。 「……お姉ちゃん?」 きょとんとした顔で私を見上げるゆみちゃんに返事をしようとしたとき、テーブルを強く叩く ドンという音が聞こえてきた。 はっとしてそちらをむくと、激昂したように見えるくにおさんが、そうじろうさんを睨みつけていた。 どういう話をしていたのだろう。 それはわからなかったけれど、その後くにおさんが云った言葉は忘れがたいものだった。 「俺は、お前が網元のお嬢さん――かたなさんにしたことを忘れたことはないぞ。お前は あの子が出産に耐えられないかもしれないと知っていたはずだ!」 一瞬にして場が凍りつく。私の背筋も氷柱を突っ込まれたようにぞわりとした。 凍った海のような静寂。 そんな中、そうじろうさんは淡々と云った。 「ああ。俺も親父に忘れて欲しくはないよ。死ぬまで忘れずに俺に云い続けてくれ」 そうじろうさんは。 まるで今し方極寒の日本海から引き上げられた人のように。 青ざめて凍りついた、死人の表情をしていた。 §7 「またいつでも来てね、かがみちゃん。云っておくけど、社交辞令じゃないからね」 そう云ってなつこさんは微笑んだ。それが本当に本心から云っているように感じられて、 嬉しかった。 「はい。いつかまた来ます」 「絶対だからね! 待ってるからね!」 涙ぐんでいるゆみちゃんは、さっきまで私にひっついて離れなかった。そんなに私を好きに なってくれたことは凄く嬉しかったし、私もゆみちゃんとは離れがたく感じていた。こなたからは 「いやー、ほんとかがみは生まれついてのお姉ちゃんだねぇ」なんて冷やかされたけれど、 それを満更でもなく感じていた。 本当に、また来たいと思った。 またここに来ることができたとして、そのときには私は何になっているのだろう。こなたにとって、 私は誰になっているのだろう。今の親友という関係を維持できているだろうか。それとももっと別の 何かになっているのだろうか。 それはまるでわからない。 未来のことは相変わらず茫漠とした海原のように曖昧で、私はそこにどんなビジョンも持つことが 出来ていなかった。 ゆみちゃんとなつこさんに手をふって、そうたろうさんの後についてガレージに向かう。 お酒を飲んでいなかったそうたろうさんは、ホテルに戻るときも送ってくれるようだった。 くにおさんは見送りにこなかった。最後に見たくにおさんの姿は、他に誰もいない座敷で 一人お酒をあおる光景だった。 それはやはり、少し寂しい。 その光景は寂しいし、そんな姿がくにおさんの最後の姿だというのは、とても寂しい。 「あれ、そういえばすぐる君もいないわね。見送りにこないのかしら?」 ふと気になってこなたに訊ねる。 「あー。うん、そだねー……」 棒読みで云ったこなたは視線を逸らして頬を掻いている。 その反応は見覚えがある。なんだか酷く見覚えがある。 宿題を忘れてきたときとか、部屋に見覚えのないオタクグッズが大量に増えていることを 突っ込まれたときとか、貸したラノベの感想を聞いてみたときとか、そんなときに見せる反応だ。 私になにか後ろ暗いところがある時の顔だ。 「……おい。あんたまさか、なんかしでかしたんじゃないだろうな」 「いやいや、私がしでかしたわけじゃないのだよ。どっちかっていうと――おっと」 言葉をとぎれさせたこなたの視線の先に、すぐる君がいた。裏口から出てきたのだろうか、 ガレージ脇の杉の木にもたれかかって、こちらを見ている。 なんだか親の敵に向けるような、険しい顔をしている。 その視線は一直線に私に向かっているから、きっとその親の敵とは私のことなのだろう。 してみると私はなつこさんかそうたろうさんに何かをしたのだろうか、なんて支離滅裂なことを 考えていた。そんな私の方にすぐる君はずんずんと歩いてきて、凄むようにぐいと睨みつけると、 大声でこう云った。 「お姉ちゃんは渡さないからな!!」 「――は?」 その発言の意味がわからなくて、しばし呆然とする。すぐる君は私から視線を外してこなたの 方を向いたかと思うと、一瞬照れたような表情を浮かべて、脱兎のごとく走り去っていった。 「……なによあれ」 「さ、さあ?」 ゆっくりとこなたの方を向いて睨みつけた。 「い・い・な・さ・い!」 「うおっ、かがみ顔近いって。……べ、別に私のせいじゃないんだってば。ただなんかね」 「なによ?」 「……結婚を申し込まれました……」 ――なるほど。 どこまで本気かはわからないけれど、すぐる君がやたらとこなたに執着するのは、そういう理由か。 「ほう。それはよかったじゃない、モテモテでうらやましいな!……それで、なんて答えたのよ。 想像はつくけど」 「いや、ね。私にはもう嫁がいるから、結婚はできないよって」 「……はぁ。それでその嫁が私なわけね」 「そうそう。だから実家に連れてきたんだっていう設定にしたら、つじつま合うじゃん?」 「合ってねぇよ! なんで嫁なのよ! おかしいだろそれ!」 ――その設定通りだったら、どんなにかいいだろう。 色々といいわけをするこなたに突っ込みながら、私の心の中はどこまでも冷たく荒れ狂っていた。 それはまるで極寒の海の逆巻く波濤にも似ていて、思わずその中に飛び込んで死んでしまいたくなる。 従兄弟であるすぐる君は、こなたと結婚することもできる。 でも、私はそうじゃない。どれだけ好きでも、どれだけ求めたとしても、たとえ億万が 一両思いになっていたとしても。 私がこなたと結ばれることは永劫にあり得ない。 日本では全ての同性カップルが、今も後ろ指を指されながら生きている。笑われて、陰口を 叩かれて、変態だと罵られて、そんな関係は本物じゃないと云われて、男女関係の紛い物 なのだと決めつけられて。こなたが見ているネット界隈でも、ゲイを平然と笑いものにする ネタがまかり通っている。それが哀しかった。こなたがそれを当たり前に受け止めていることが なにより哀しかった。 帰りの車中で私は、まるでここが海の底なのかと思うほどの息苦しさを覚えていた。 でも、それでも構わないと思った。 ここにこなたがいるから。 父と子の長い物語の果てに、今こなたがここにいるのだから。 それだけで、私は構わないと思った。 たとえ冷たい海の底に沈んで二度と浮かび上がれなくなったとしても。 けれどきっと、私が海の底に沈んでしまったら、こなたは我が身も厭わずに飛び込んできて しまうだろう。うぬぼれでもなんでもなく、こいつはそういう奴なのだ。 だから私は、足を絡めようとまとわりつく藻を振り切って、懸命に泳ぎ続けなければいけない。 たとえ海の水が、身を切るほど冷たかったとしても。 たとえ見渡す限り何もない海で、星すら探せなくなったとしても。 沈まないためには泳ぎ続けなければいけないのだ。 いつのまにか、あれほど耳について離れなかった潮騒の音は、まるで気にならなくなっていた。 泉家に向かうまで、この町は私にとって異郷だった。でも今はもう違う。こなたのことをもっと 知って、泉家の過去と現在に触れて、私はどうしようもなくこの町の中に組み込まれてしまった。 海に潜り込んでしまえば、もう波音など聞こえない。 自分の家に漂う匂いに、自分で気づけないように。常に聞こえてくる潮騒の音を聞き取る ことは難しい。 今にも日本海に滑り落ちて消えてしまいそうなこの町は、そしてこの海は、私にとっても 故郷のような存在になってしまっていた。 初夏の頃。まだなんの覚悟もできてなくて、ただ恋情に翻弄されるだけだったあの頃。 私はどうしてこんなにこなたと関わってしまったのかと後悔していたけれど。 あれから半年が過ぎて、気がつけばその絆はもはや簡単に断ち切ることは不可能なほど 強くなってしまっていた。 恋心を隠しきったままで。 私は深く深くこなたと結びついてしまっていた。 ――私が、そう望んだのだ。 ふと、助手席に座るそうじろうさんの横顔を見て思う。 その眼差しの向こう、静謐にたゆたう静かな海を見て思う。 この人も、一度この海に沈んでいるはずだ。かなたさんを亡くして、しかもそれを周りから 責められて。 もしこなたが私を残して死んでしまったとしたら。それを想像しただけで、心臓をわしづかみに されたような恐怖を覚えるというのに。 一体この人は、どうやってそこから浮かび上がってくることができたのか。 それが、無性に訊きたくなっていた。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 『4seasons』 秋/静かの海(第五話)へ続く コメントフォーム 名前 コメント 確かに2chでネタにされてるホモネタとかも一種の日本特有の文化的偏見なのかも… 考えさせられる… -- 名無しさん (2008-08-13 01 41 41) ↓なんというツンデレwww -- 名無しさん (2008-03-09 12 49 06) さっさと続きかけボケ 楽しみにしてるんだよカス -- 名無しさん (2008-03-09 12 18 54) 死ぬ -- 名無しさん (2008-03-02 20 22 11) オリジナルキャラクターがでしゃばっていないので違和感を感じないのでは? -- 名無しさん (2008-03-02 07 28 28) あれ? オリキャラって大概違和感を覚えるのにこの作品に違和感が見当たらないよ。 なんでなんだろう、不思議だなー -- 名無しさん (2008-03-02 01 16 24) あー、誉める言葉が見付からなくて困ったww -- 名無しさん (2008-03-01 18 58 16) イヤッホオオオオオ! 自然な展開でかがみの想いがひしひしと伝わる。そういうの大好きだ。 そして、相変わらず綺麗な文章だ、うん。 -- 名無しさん (2008-03-01 14 09 57) 素晴らしい。ため息しか出ない。うん。 -- 名無しさん (2008-03-01 13 43 39)
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『4seasons』 春/そして桜色の(第一話)より続く ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― §2 「でゅわっ!!」 ウルトラマンのような掛け声と共に投げられたハンドボールが、ぐんぐんと空を 切り裂いて飛んでいく。 「三十八メートル二十五センチー!」 記録係の体育委員が叫ぶと、周囲からわっと歓声が上がった。 「うお! 日下部すごいな。三十八メートルって、ハンド部の男子並じゃない?」 私がそう云うと、日下部は胡桃色の瞳を輝かせて、得意そうに云った。 「ふふん、まっ、エースで四番の実力っちゃこんなもんよー」 「あー、そうだよね。関東大会の準々決勝までいったんだっけ。……あのときは、 見に行けなくて悪かったわね」 「お、柊がんな殊勝なこと云うなんて、明日は雨かー?……まあ、あんときゃ相手が 優勝候補だったかんね。誰もウチが勝つなんて思ってなかったしな。…あやの以外はさ」 そう云って日下部が傍らの峰岸に微笑むと、彼女も同じように優しい笑みを返した。 ――ああ、私が知らないなにかがあったんだな。 小学校から一緒だったこの二人の間には、私なんかが伺いしれないほどの深い絆がある のだろう。 「日下部さん、すごいねー! 私なんて十メートルもいかなかったよ!」 そんなことを考えていたら、クラスの女の子が声をかけてきた。 私たちみたいに同じ中学出身なのだろうか、相手も三人のグループになっているようだった。 「へへ、あんがとな。私ずっとスポーツやってきててさ、中学のときは野球部だったんだぜ」 日下部は照れ笑いを浮かべながら、嬉しそうに返事をする。 それを切っ掛けに、私たちはみんなでお互いの記録を述べ合った。 よかった、上手く溶けこんでいけそう。 入学式から一週間が経ち、クラスメイトの顔もやっと覚えてきたころだった。 その日は体力測定があって、私たちはジャージに着替えて校庭に集まっていた。 一学年を三グループにわけ、それでも五クラス分の生徒でごった返す校庭の片隅で、 私たち鷹宮中出身の三人は、来るべき楽しい三年間を胸に描いていた。 けれどそのあと起こった出来事は、私が思い描いていたごく普通の生活を、全て塗り替えて しまうことになった。 そうして、夢想だにしなかったほどの素敵な高校生活を私にもたらしてくれたのだ。 「三十メートル八センチー!」 記録係が声を上げると、周囲が少しざわついた。 さきほどからの記録をみているかぎり、日下部の三十八メートルは別格として、二十メートル を越えたものなど殆どないようだった。 そんななか、三十メートルを越える投擲はそれだけて注目を浴びてしかるべきものだった けれど、そのざわめきの原因は飛距離だけにあるものではなかった。 その数字を出したのが、まるで小学生みたいにちんまりした女の子だったからだ。 「わわわ! こなちゃんすごーい! わたしなんて投げたボールが後ろに飛んじゃって、 マイナス3メートルだったよぉ~」 そしてみんなの注目を浴びる中、その少女に話しかけたのは、我が愛する妹だった。 くだんの少女は、そんなつかさにVサインをして笑いかえしていた。 コバルトブルーの髪。猫みたいな口。 細く閉じた目も、なんだか満足した猫のようで。 「あ、あのちびっこ、ちびっこの癖にすっげーな。あんな奴もいんだなぁ」 日下部が眼を丸くしてみつめている。 「ほんとにね。……あら? あの子って、柊ちゃんの妹ちゃんじゃない?」 峰岸がつかさの方を指さして、私に問いかける。 「そ、そうね」 私はそれに答えながら、信じられない思いで二人の方をみつめていた。 あの引っ込み思案で私がいないとなにもできなかったつかさが、一人で友達を作れたなんて。 しかもあんなに仲がよさそうに。 「あ、ちょっといってくるね」 D組のみんなに声をかけて、私はつかさのほうに向かっていった。 「あ、お姉ちゃーーん!」 二人は楽しそうにお互いの身体をつつきあっていたが、つかさは私に気づくと、こちらを 向いて手を振ってくれた。 「やっほー、つかさ」 私がそう云うと、かたわらにいた少女もこちらに振り向いた。 大きく見開かれた眼の、その大きさにどきりとする。瞳は深い青竹色をしていて、思わず 惹きこまれそうになった。目尻の泣きぼくろからは、なんとなく薄倖そうな印象を受ける。 私が軽く会釈をすると、少女も会釈を返してくれて、二人で物問いたげにつかさをみつめた。 つかさは素知らぬ顔でニコニコと笑っている。心から安心しきった満面の笑顔だった。 わかってる、そう、つかさはこういう子なんだ。 諦めて、直接その子に向けて問いかけた。 「えっと、つかさのお友達かな? 私はこの子、柊つかさの姉で、柊かがみです。よろしくね」 「あ、よろしくー。わたしは泉。泉こなた。えー? 同学年なのに姉妹なんだ。あ、双子なんだね!」 そういって、泉さん――こなたは笑いかけてくれた。 「ええ、双子なんですよー。って、あ、そっか、泉さんって、こないだつかさが“友達ができたー” って喜んでた子かぁ」 「あ、そうそう、そうなんだよ。凄いでしょーこなちゃん」 「たしかにね、ハンドボール投げで三十メートルなんてねー。私なんて十五メートルくらい だったのに。なにか部活でもやってたんですか?」 私がそう問いかけると、こなたはぶんぶんと頭を振って答えた。 「んーん。なにもやってないよ」 「え……そうなんだ勿体ない。あんなに凄いのに、なんでやらなかったんですか?」 私がそういうと、こなたは悪戯っぽい笑みを浮かべて云った。 その後の二年間で、何百回何千回とみることになる、あの笑みで。 「だって部活入っちゃうと、ネトゲにインできる時間が減っちゃうじゃん?」 「……はぁ?」 普段聞き慣れない、その“ネトゲニイン”という単語の意味を取りかねていたそのとき―― 「三十二メートル五十六センチー!」 という声とともに周囲から歓声があがった。 思わずふりむくと、桜色の髪をした眼鏡の子が、照れて恥ずかしそうにしながら、 投擲場所から引っこんでいくのが見えた。 「あれ、あんたんとこの学級委員長の高良さんじゃないの。うわぁ、あの人運動も凄いのね。 かなわないなぁ」 「ほえー、凄いねぇ~。スタイルもいいし、あこがれちゃうね~」 と、二人で感心しながら見ていたそのとき、高良さん――みゆきはなぜかなにもない ところで一人、盛大に転んでしまった。 大丈夫かな、と心配している私の横で、なにやらぶつぶつと呟く声が聞こえてくる。 「ほほう……これはなんとハイスペックよのぉ。巨乳眼鏡っ子でありながらスポーツ万能 おっとり天然ボケ、さらにどじっこ属性まで……。うむ、これは正に歩く萌え要素だー! ばんざーい!」 そう云って、こなたはガッツポーズをした。 ――変な子だ。この子は絶対変な子だ。 それが、こなたに対する私の第一印象だった。 もっとも、その評価は今でもさほど変わっていないのだけれど。 けれどこなたがただ変なだけの子ではないということは、すぐにわかった。 それも、その日のうちに。 §3 「ふぃ~、今日は疲れたね、お姉ちゃん」 私のベッドにボフンと突っ伏して、つかさは云った。 立ち幅跳び、五十メートル走、反復横跳び、千メートル走と体力テストをこなしていき、 疲れきった私たちは今自宅でくつろいでいた。 全学年分の兼ね合いもあるので今日は通常授業はなく、すぐに帰れたことだけは嬉しかった けれど。 「ちょっとー、休むなら自分の部屋で休みなさいよね」 そう云って、ベッドを奪い返そうと、私もつかさの隣に飛びこんだ。 「えへへ~、だってお姉ちゃんのベッドのほうが、なんか暖かい気がするんだもん」 少し頬を染めながらつかさは云う。 布団はどちらも同じものだったから、暖かさに違いがあるはずもないのだが、そう云われると なんだか嬉しかった。 「え~い、もう、でていかないなら、こうだー。くすぐり攻撃~」 「あ、あはははは、やめて、お姉ちゃんやめて、そこだめー!」 防御しようとする手をはねのけて、脇腹を徹底的に攻撃する。 ベッドの上、双子同士の無邪気な遊技。 ケタケタと笑うつかさを、私は散々弄んだ。 つかさがどこをくすぐったがるかなんて、自分のことのようにわかる。 けれど触れた肌の感触は、いつのまにか自分自身の物とは少し違っていた。 指の形、足のサイズ、身長、体重、胸の大きさ。 昔はそんなものも寸分違わぬそっくりな姉妹だったけれど、気がついたら少しずつ変わって きていた。 少しずつ、少しずつ、私たちは大人になっていく。 今年だって、つかさはいつのまにかちゃんと自分の友達を作っていた。 こんな風な遊びも、いつまでできることだろう。 それでも私たちは、生涯ずっと一緒に生きていくのだと思っていた。たとえお互い結婚し、 離ればなれになったとしても。 私たちは、血を分けた大事な半身同士なのだから。 「よ、余計疲れちゃったよ~…」 目尻の涙を拭いながら、つかさはとぼとぼと自分の部屋に向かう。その後ろ姿にニヒヒと 笑いかけてから、私は明日の授業の準備を始めた。 真新しい教科書は、新刊本のインクの匂いがする。 この機会にと大学ノートから買い換えた、ルーズリーフのリングに紙を補充していく。 と、ついさっきでていったばかりのつかさが、息せき切って部屋に入ってきた。 「あら、どうしたの?」 そう訊ねる私に、つかさは目を輝かせて云った。 「お姉ちゃん、お姉ちゃん、ね、桜見にいこうよ!」 「あんたも、疲れてたんじゃなかったのかー?」 「えへへ、そうだったんだけどね。窓から見えた桜が満開だったから、なんだかどうしても 見たくなっちゃって……」 私たちは権現道堤を歩いていた。満開ではあったけれど、平日の昼間ともなれば、さすがに まだ人通りは少ない。 仲むつまじい老夫婦や、自由業めいた人、買い物帰りの主婦などがふらりと立ち寄る程度だった。 つかさはいつもみたいに半歩後ろにさがって、私についてくる。 ニコニコと、心から楽しそうに笑いながら桜を見上げていた。 ひとひらふたひらと悪戯な桜の花びらが舞い落ちてきて、つかさの頭に桜色の冠を被せる。 「ね、手、繋ごっか?」 つかさを見ているうち、なんとなくそんな気持ちになった。 「え? いいのー? わーい」 つかさは私が差しだした手を嬉しそうに握って、前後にゆらゆらと振り出した。 「お姉ちゃんと手を繋ぐのも、ひさしぶりだねー」 「だよねー。小学校の頃なんて、ずっと手繋いだまま登校してたもんなー」 「そうそう、覚えてる? あのときなんてさ――」 桜に負けじと昔話に花を咲かせながら、私たちは歩いていた。 なにもかも見上げながら過ごしていた小学生のころのこと。 いっぱしの大人きどりで、斜に構えて世間を見ていた中学生のころのこと。 ときに幼稚園のころに話が飛べば、どちらかが覚えていないできごともあって、互いに 首をひねったりもした。 ふと会話がとぎれたとき、周りに人通りが全くないことに気づいた。 満開の桜に閉ざされて、世界はどこもかしこも桜色をしていた。もの悲しいほどに非現実的な その光景は、まさに異境の風景に思えた。 そんな異境に閉じこめられて、私たちは二人悄然と立ちつくしていた。 人がいなくなるだけで、桜がこんなにも恐ろしく映るなんて思わなかった。 いや、私たちだけじゃない。視線の先に一人、女の子がいた。 コバルトブルーの髪をした小さな女の子。 桜の世界にただ一つあるその青色は、異様な対比をもって深い幻想性を醸しだしていた。 そのときの私には、その子がこの桜の魔境を支配する仙女か鬼神のように見えた。 それは、そのとき読んでいた『十二国記』の影響だったのかもしれないけれど。 「……こなちゃん?」 つかさが呟くと、その声が聞こえたのか、その子はゆっくりと振り向いた。 ――なんて寂しそうな眼をしているのだろう。 昼間会ったときにも、その眼の強さにはっとしたものだったけれど、今彼女の瞳にきらめく 感情は、あのときともまた違っていて、まるで迷子になった幼子のような寂しさを湛えて 揺らめいていた。 「あ、おー、柊さんだー!」 けれどその表情も一瞬で消し飛んでしまった。 こなたは、すぐにあのときのだらけた猫のような表情に戻ると、手を振りながら駆けつけてきた。 「えー、どうしたのこんなところで? すっごい奇遇だねー」 「ねー、ビックリしちゃったよ、こなちゃん家、この近くなの?」 「うん、倖手駅の近くー。だからここは毎年よくくるんだ」 「わ、わたしたち鷹宮町だよ~。すぐそこだね~」 「おおー、それは凄いね。もしかしたら今まですれ違ったことあったかもね?」 「そうかもー。これってもしかしたら運命なのかもって思っちゃうな~。陵桜って、 東京からくる人も多いのに、たまたまお友達になった子がご近所さんだったなんて」 「んふー。柊さんって、ロマンティストだねぇ~。それにしてもさ――」 会話に混ざる継ぎ目をみつけられず、二人が仲良く話しているのを聞いていた私のほうを見て、 こなたは云った。 「お二人さん、ホント仲良し姉妹なんだね。これはなんという双子萌えだー!」 その意地悪そうな笑みになにかよからぬ感情を感じて、私は思わず繋いでいた手を離して しまった。 「も、萌え、って、ちょ、そんなんじゃないわよ」 「むふー、照れるところがますます怪しい。いまだに二人でお風呂入ったり、一緒のベッドで 寝たりしてるんでしょー?」 たしかに今でもたまに一緒に寝たりする。 先月くらいにも二人でお風呂に入ったことがあった。 そんな、自分でも恥ずかしいと思うことを指摘されたのと、つかさとの関係をなんだか 汚れた目で見られている気がして、つい頭と顔に血がのぼって叫んでしまった。 「ん、んなわけあるかー!!!」 そう怒鳴ってから、自分がしたことに気づき、慌てて口元を押さえる。 「お、お姉ちゃん…?」 つかさが心配そうな顔をして私をみつめている。 眼前のこなたを見ると、うつむいたままじっと立ちつくしていた。 ――ああ、やってしまった。 昔から私はこうなんだ。 気にしていること、恥ずかしいと思っていることを指摘されると、途端にどうしていいか わからなくなって、言い淀んだり、脊髄反射で否定したり、怒鳴ったりしてしまう。 直そう、気をつけようと理性では思っていても、そもそもその理性が飛ぶことが問題なので あって、どうにもこうにも直るものではなかった。 頭にのぼった血の気が引いていく。 穴があったら入りたいとはこのことだ。もし五分前に時間を戻せる方法があるなら、私は 全てをなげうってでもそれに飛びついていただろう。 よりによって、つかさの友達に怒鳴ってしまったのだ。 それも、つかさが初めて自分一人で作った大切な友達に。 「あ、あの…ごめんね……」 うつむいて震えているこなたにそう声をかけると、彼女はゆっくりと顔を上げた。 泣いているのかもしれない。 その表情を見るのが怖くって、目をそらしたくなるのを必死で押さえた。 けれど顔を上げた彼女は、瞳を爛々と輝かせて、宝物を見つけた子どもみたいな表情を していた。プルプルと震えるその身体は、感動にうちふるえているといった風情。 予想と余りにも違うその様子に驚いて、私は絶句する。 「くぅぅー! こ、これはなんというツンデレ! 頬を染めて照れながら怒鳴る口調といい、 そのツインテールといい、完璧だー! わたしが欲しかったツンデレはこれなんやー!」 彼女はそんな私におかまいなしに、喜色満面の笑みを浮かべて云った。パタパタと頭の 横で手を振って、心底喜んでいる様子だった。 「ツ、ツンデレって、そんな、私……えぇ!?」 「あ、柊さん、もしかしてツンデレって言葉わかるの?」 「ま、まあね、なんとなく聞いたことはあるわね。あんまり詳しい意味は知らないけど…… っていうか、怒ってないの?」 「え、なんで?」 心底不思議だという風に、きょとんとした顔でこなたは訊ね返してくる。 「いや、だって、あんな風に急に怒鳴っちゃって……私…」 「えー? めちゃくちゃいいもの見せてもらってグッジョブだよ!」 そういって親指を突き出すこなたのことを、私は呆然とみつめていた。 「あ、そういえばさ、まだちゃんと云ってなかったよね。……えっと、これから三年間 よろしくね、柊――かがみさん」 こなたは、一転はにかんだような笑顔を浮かべてそう云った。 「うん…こちらこそよろしくね、泉さん」 私も、とまどいながらもなんとか笑みを浮かべて、そう答えることができた。 ――変な子だ。この子はすっごい変な子だ。 ころころと変わる表情。 失礼なことを云っているのに不思議と憎めない、その明るさ。 他人に怒鳴られても喜んでしまう、その奇妙な性格。 ただ変というだけではなく、なぜか気になってしまう個性だった。――ユニーク。そう、 ユニークな人だ、そう思った。 そして、あの時の表情。 自分以外誰もいない世界で、一人涯のない桜の園に佇んでいたときの、まるで世界に 寄る辺なくたった一人残されたような、あの表情。 あの表情が、頭にこびりついて離れなかった。 思えばこの日以降、私の心の奥深い場所に、こなたはずっと住みついていたのだ。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 『4seasons』 春/そして桜色の(第三話)へ続く コメントフォーム 名前 コメント